王家の正統は一度、途絶えようとしていた。
　先王が臣下に弑逆され、その証拠を訴えて奴らの首を刎ねたのは、この私だ。
　まだほんの子供だった。
　臣民には私の事を、賢王だの辣腕だのと言う者達がいるが、当時の私には父王の復讐も、血筋の保持も大して重要ではなかった。国の行く末はもちろん、棚の裏に積もった埃程度にどうでもよく、ああそこに在るのだろうなと思うだけで、実際はそう気に掛けていなかった。
　では何故、私は執拗に謀反人を追い詰め、死を命じたのかと言うと、それは単純な事だった。ただ何もかもが許せなかった。私は自らの生まれと、その周囲に渦巻く世界に、堪え切れないほどの激しい怒りを覚えていたのだ。



　旅立ちの際に、私は秘匿されている魔法的な道を使った。王族のみが許される選別のなされた通路。
　誰かに呼び止められては、この胸に渦巻く激流が身体から溢れ出し、取り返しのつかない事になるような気がしたのだ。肺を焼き、心臓を焦がす灼熱は、自らの父が殺されたのだと知った、あの夜に覚えた怒りとよく似ていた。
　立ち止まっては、地面を思い切り何度も蹴ってやりたくなる。しかし足を動かし続けた。フロレンスの顔が浮かんでは消え、私の平静はもはや一歩進むごとに切り崩されている。通路に流れる空気は冷たかったが、首の後ろにじっとりと汗をかいていた。
　薄暗い道の先に、ふと鈍い光が見える。それがあの男の金の髪だと気付いた時、私はようやく歩みを止め、靴底を極力静かに大地へ触れさせた。
　何故こんなところにいるのか、と聞こうとして、二つの疑問が重なっている事に思い当たる。そして声にするより早く、男は私の第一の疑問に答えた。
「何故、と仰るならば、"不幸にも"僕の母親は、貴女方王家の血筋を汲む公爵家の娘だった」
「そしてこの道が区別しているものは、頭の上に乗っている王冠の形ではなく、身の内に流れる血のかたち。だから僕はここへ入り込む事ができる。お分りでしょう？」
　私は、瞬きで応じた。
　男は口角を上げ、言葉を続ける。
「逆に言えば、かたちの違う血を持つ人間が、この場所に辿り着く事は決してない。どんな努力も無意味だ。誰も己の血を克服する事は、できない」
「貴女と僕が今こうして相見えているのも、互いの血によるもの」
「そう思えば、人の運命というものは、生まれた瞬間に決まっているものなのかもしれませんね……ふふ……」　
　不意に、こめかみの側を血が流れる感覚がした。私は反吐を吐きたくなる衝動を抑えながら、男の笑い声を遮って言った。
「ここへ何をしに来たの。まさかもう、フロレンスが惜しくなったとは言わないでしょうね」
「もちろん、違います。親愛なる陛下が大切なものをお忘れのようでしたので」
　そうのたまいながら、わざとらしく男が拳大の物を投げてよこした。反射的に受け取り、その実態を眺める。私は自らの表情がひどく歪むのを感じた。
「もしも、があるとすれば、それが必要なのではないですか？貴女が真実フロレンスの事を、思っているのだとすればね」
　囁きと共に、男がねっとりと微笑んだ。
　衝動が、込み上げる。
　頭のすぐ後ろで、本物の私が喚いている。
　この身に流れる、暗く薄汚い血を、乗り越える事のできない私が。
　いつかと同じように、"何もかも許せない"と。



　背筋をつたう汗のひとすじに、私は正気に返った。
　男はいつの間にか消えている。静寂が闇に満ちていた。私は、一人だった。

見せられたリュックサックやクッキーをまじまじと眺めて。

恐る恐るにぬいぐるみリュックサックを手に取る。
柔らかく指で弄ぶ。

もふもふです。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた