久しぶりに、瑞々しい草を踏み分けて進む。
　どこまでも同じ風景が広がっている。それでも、風景が違うだけで、随分と心が軽くなる。

「もうちっと先だな」

　軽く空気の匂いをかぐようにした青年の言葉を聞き、感覚を澄ませてみる。エンブリオと契約するようになってから強まってきた、元素へ繋がろうとする意識。あるいは魔術の為の感覚。

「今回は、はじめての事だらけですね」

　この先に居るという、少々癖のある相手と戦うにあたって、立てた作戦と班の構成。
　幾度も繰り返し、反芻した作戦を、もう一度思い起こす。

「チャンスは一回ってか。悪くねえ」
「そのチャンスを的確に作れると良いのですが。……治療役の方々は、偉大ですよね」
「大丈夫だろ、何とかなるって」

　努めてそうしているのか、あるいは本当に楽しんでいるのか。明るく告げる声に、ひとつ頷き、深く呼吸をする。
　攻撃の合間、応急手当のような立場に立ったことはあるが、回復に専念したことはない。

「今度集まる時の飯はじゃがいも尽くしのカレーにしよう、とか思っただろ」
「ご明察です。鶏肉も入れようかと思っています」
「よっし。あ、俺の肉の調理も頼むわ。肉で。肉料理で」
「はい」

　強調された言葉の内容に、思い出すのは、もうひとりの料理人の少女だ。
　肉を食べさせることを紙一重で避けるメニューな上に、味はしっかり美味。あのセンスと発想は、自分にはない。

「最初のうちは、スレイプニルでの援護が多くなると思います。そちらには、行動を後押しする力がありますから――」

　と、改めて打ち合わせようとしたところで、前方にあるふたつの影が目に入る。
　そういえばこちらもふたりだな、だとか。いや、傍らにある半身の狼や、足元をうろつく白虎も居るから、こちらのほうが多いな、だとか。そんな益体もないことを考えていて、反応が遅れた。

『なんという虚言ッ！！』

「……これが、ありましたね」
「おい、大丈夫か」
「実は忘れていましたが、何とか」

　足元では、驚いて思いっきり転がりそうになった白虎が、影より現れた狼に咥えられている。
　――人数のことは覚えていたが、声のことは失念していた。

「戦闘に障りはありませんから」
「おう。ヤバかったら言えよ」
「はい。そちらも」

　戦闘の為と、ついでに和服の男の大声を和らげるべく、影を伸ばす。
　なんだかんだと言いつつ、今日の行軍は、楽しみではあった。不謹慎であるのかもしれないが――

「宜しく頼むぜ」
「承知しました」

　この、絡め手とはじめてだらけの連携と作戦に、心躍っているのだ。
　まるで、どこかへ冒険をはじめたように。

　持ち直した白虎が、目をきらめかせ、声のない咆哮を挙げた。