―――可愛い小鳥。

背筋がゾワッとするくらい甘い声が囁く。

キミの願いを叶えるのは容易い事だよ。
幾らでも、願えばいい。


……怖い。
呑み込まれそうで、長くは聞いていられない。


そのかわりボクを愉しませてくれるね？


―――わかってる。

可愛い小鳥、13だよ。




「わ…かってるっつってんだろ！」

叫びながら目を覚ます。

「え、なに、なにが？！」

突然眠りから目を覚まされびっくりしたねこっぱちがタラコ型寝袋からうまく這い出ることができず、芋虫のように這いずってくる。

「……なんでもねーよ。」
「そんなわけないでしょ、ボクの睡眠妨害しといて。」

悪かったよと言いながら頭をかきむしる。

「わあ、やめなよ、イチジク！髪、絡まっちゃうよ！」

やっとの事で寝袋から這い出したねこっぱちが、イチジクの手を頭から引き剥がす。

「ねぇ、悪い夢でも見たの？話したらよくなるっていうよ？」

手首を握ったまま九の顔を覗き込む。

「 ……なんか鬱陶しい夢見た。」

しばらくして俯いたまま九がつぶやく。

「何度も念押ししやがって、うざい。」

闇が染み込むように灰色の瞳が濃くなって行く。

「あんな奴に絶対負けないんだから…」
「あ、あんな奴って…一体何を言われて……」
「……なぁ、何でオレばっか変な夢見るの？」

九が顔を上げる。

「お前はこんな夢見ないんだろ？飛び起きるのはいつもオレだもんな……なんでだよ？」

闇を映して昏い瞳に、ねこっぱちの被毛は少しだけ毛羽立つ。

「何でって、ボクには……」
「お前は、オレの夢にどう関係するの？」
「か、かんけい？ボクが何かしてると思うの？」
「知らねーよ。だから聞いてるんだろ。だって、お前、色々隠し事してるだろ。」

「この間もコソコソ抜けてどっか行ってたし。」
「えっと、それは……」

ねこっぱちの目が一瞬泳いだのをみて、九の口元が歪む。

「ねこっぱち……お前は『どっち側』なの？」

あからさまに警戒したイチジクの手首に力が入り、ねこっぱちから自由になろうとする。

「……イチジクの分からず屋！」

振りほどこうとするイチジクに対抗して、ねこっぱちはもっと力を込めて腕を抑え込む。

「なんでそんなこと言うの？！ボクはいつだって、いつだって……」

そして、ねこっぱちは叫んだ。



「『ボクの側』だよ！当たり前でしょっ！」




ポカンとする九。

「あー、その答えは期待してなかった……」
「イチジクはさ！ボクの事、全然わかってないよね！」

ねこっぱちは頬を膨らます。

「イチジクはホンット酷いよ〜。」
「いや、うん？まあ…その、悪かった、な…？」

すっかり毒気を抜かれたイチジク。

「まったくさ、バカなこと言ってないで……早く寝直そうよ！」

さっさとタラコ型寝袋に完全に潜ってしまったねこっぱち。
あっけにとられていたイチジクも、軽くため息をついて再び横になる。


正直言って、今回も上手く誤魔化された気がしないでもない。
でも、なんとなく安心したのも事実だ。

ねこっぱちは『ねこっぱち側』。

このところイチジクに得体の知れない不快感を与える『あっち側』じゃないと言った。
それで、とりあえず今は良しとしようと思った。




少しして、ねこっぱちがモゾモゾと寝袋からかおをだす。
水色の満月は安らかな寝息をたてる薄紅色の髪を乱した少女を映している。

「イチジクはちっともわかってないんだから……ボクは、いつだって『ボクの側』に決まってるのに。」

深いため息をつく。



それが『イチジクのいる側』なんだから。


呟きは闇に消えていった。