「闘技大会、か――兵揃いではある様だ、が」
「敵わぬ相手ではない、とでも思っていますか？ロクロー」
「Ｅから、合体！」

　背負った案山子が背中越しに声をかけてくる。
この喋る案山子だけでも珍妙だというのに、今に限って南瓜までもが喋る始末。
どうなっているのだろう、この世界の常識。

「人の言葉を盗むな、それと南瓜は黙れ……あぁ、いや」

　ふと妙案を思い付いたので即座に実行。
小脇に抱えた南瓜を背負った案山子に被せる。
意味不明な抗議と呪いの言葉とを吐き散らす案山子。キコエナーイ、キコエナーイ。

「しかし、敵わぬ相手ではないが厳しいのは事実だな……」

　全体の力量はいかほどかと思っていたが、想定よりもだいぶ上らしい。
いずれにせよ自身の力量は未だ高が知れている。学ぶにはよい機会だろう。

　何よりこれだけ人が集まるのならば、目当ての探し人に出会う可能性も高い。
適当な壁に背を預けながら、それぞれの帰途へ向かう人波を眺める。
老若男女、耳が尖ったのから獣の面、果は何かよく分らぬ妖怪めいたもの。
それはどこか万聖節の仮装を思い起こさせた。

　　＊　　＊　　＊　　＊　　＊

　下弦の月が空に踊る時間を過ぎれば、人通りもまばらになる。
恐らくは皆、今日の戦果を肴に一喜一憂の宴を開いているころだろう。

「……ま、簡単に見つかるとは思ってないが」

　流石に空腹を覚えたので食料を探す。
と、背嚢をまさぐる指先に堅い感触。

「――そう言えば貰っていたな。栄養剤だったか？」

　いわく言い難い不可思議な色の液体が、瓶の中で音を立てた。
あまり食指の進む色ではないが、良薬口に苦し。

「ファイトォ！イッパァーツ！」

　掛け声と共に蓋をねじ明け一気に飲み干した。
んむ、意外とフルーティー。腹の底が熱くなるのを感じる。
何たる即効性だろうか。昨今の医薬品の進歩ってば凄い。

　否、感じるだけではない。

　生まれた熱が五臓六腑を駆け巡り、劫火の熱となって体を燃やす。
血肉が解け、骨が灼ける感覚。

「燃える！血がッ！燃えるッ！何だこれはッ！？」

　最早立っていられない。
膝をつき、あたりに構わず胃の中身をぶちまけようともがく。
人の姿が周りになかったのは、果たして幸か不幸か。
人気のない闘技場に男の苦鳴が木霊した。


　下弦の月が空に踊る。
月が優しく照らし出した男の影は――

青年から唐芋を受け取ると、美味しそうに食べた。

狼人の少女は持っていた鞄を漁り始めた。

ほんのりカボチャ色をした丸型クッキーを青年に手渡した。

暫く撫でられ、ゆっくり微笑む

いいかけて、少し澱む。
……改めて口を開く。

（ヘッドロックなんてかけられた事があるわけもないので、状況が理解できずに慌てている）

（身を捩って抜けだそうとしてみるがちょっと無理そうなので、
魔法を使って少し離れた位置まで移動し、疲れきった様子で片膝をつく。
どうやら、隊列操作の魔法(ジェントルメン)のようです。）

（じりじりと下がって距離をとり、人に慣れていない猫並みの「触るなオーラ」を出してます。）

あなたの言葉を聞き、思案するように瞳を閉じ……数秒。

肘を曲げ、指先を真上に向けてくるくると回す。　――囁くような歌声とともに。
指先の灯が光痕を残して段々と薄れ、―――花火のようにぱっと弾ける。
弾けた光の粉が、今度は輝きを増していき、……それが急に収まった時には、
金髪の少女の姿がその場から消えていた。

背後から、声が聞こえる。
振り向けば金髪の少女の姿を認める事が出来るだろう。

腰に手を当てて、一歩踏み出す。

　目にも留まらぬ速さで巨大なスザクが駆け去っていく。