いつか、あるからっぽ農家で、聞いたコトバ。
　そこであった、ウサギのような帽子を付けた、異界の金髪女がいっていた。

「生きるために何かを奪う“原罪”……、それは、律法が赦す唯一の罪だ。
　だが、ヒトはヒトから奪ってはいけない。それは“律法”では赦せない罪だ」

　ボクは、むずかしい言葉はよくわからない。だからそのコトバだけだとよくわからない。
　ただいわく、彼女らは世界のバランスをよくするために、えっと……たしか、てんびんのお皿からスイ……乗ってるモノだよ、な……が落ちないような、そんな平和な世界のために、なんとか、かんとか、いっていた。
　ただそんな説明をしてくれつつも、金髪女はどこかむなしそうな顔をしていた。

　その理由も、ボクにはよく、わからない。

　ただその割には、世界の平和のためにわたわたバタバタしている割には、彼女らはメルンテーゼではショウキンクビだ。
　一揆に参加するものたちに配られる、テハイショにもちゃんと乗っている。“いのちの価値”があるものたちだ。
　彼女らもそういった、追われるようなことをしてきたと。その自覚もあるという。


　その、“追われるようなこと”とは、なにか。


「……逆に言うと。片方が“ヒト”ではないなら。何を奪うことも赦される、ということだよ」


　彼女らは、ひとでなきものを襲い、蹂躙し、強奪し野に捨て。そしてときにはいのちをも奪い、殺してきたのだ、と。
　それは、王城へ向かう道に立ちはだかる異形ばかりでなく、一揆に参加したものたちも。
　はてはただそこに佇んでいた、力もない無抵抗なものたちも含め、襲い奪ってきたのだ、と。


　邂逅自体の時間は、そう長いものじゃなかった。
　幽霊女の口上のごとく、火花が散るとか、そんな程度のちょっとの時間。

　見合い、お互いに言霊を、自分のネガイを口にした。
　そのほんの、ほんの少し後。
　膝を折ったのは、狙ってきたひと。立っていたのは、ボクらの方。

「あっぶな〜い――なんとかなったの――」
　状況ぜんぜん違うとはいえ、相手見知ってる分、いのちの強さや力量だってある程度わかる。アタマからっぽなりとはいえど。
　だからこそ！　この状態が！！　全員立ってシメとか考えもしなかったよ、実際！？
　よくても半分、悪くて逆に全員伏すのはカクゴの邂逅の終結は、キセキ的にこちらが全員ほぼ無事状態で幕引いた。

　いや、キセキなんてコトバは使わない方がいいかな？
　ここはおごそかな礼拝堂、カミサマにネガイと祈りをささげる場所。キセキが起きても何にもふしぎなことじゃない。
　だけど、これをキセキと呼びならわすのは、神の救いというものを否定し闘いの指揮を執っていた、幽霊女には失礼になるか。

「きんいろさん――たしか前に――“どちらかがひとでなければ、奪ってもいい”って――いってたよ、ね――」
　言ってましたねそんなこと、そこでころがってる金髪女。
「じゃ――ユノもソウもひとじゃないんだから――ちょっともらっていこ――」
　のんきな口調でそういうと、倒れている彼女らにユノがふわふわ向かう。
　向こうから「これがいっかな――」「このいのちとかきれい――」とかきゃぴきゃぴ聞こえてくるし、ごそごそちょこちょこやってるし。
　緊張感ないなあ、いや終わったから多少なくなってもいいのかな？
　……てか、だぁいぶのんきだな、ユノ。

　いや、のんきっぽいのは他のひと、このトリオのショウキンクビも似たもんか？
　のんきというか、余裕なのかな？　つかみどころがあまりない。

　ふわふわあまいろはふわりふわりと、美しさがどうとかいっている。
　倒れ伏し動かない相手にも、ふわふわと美しさに献じろ……つまり、自分の美しさが上だからちょうだいな、って言っている。
　いや、うん、口だけだけじゃなくって、蠱惑的な花のチカラで襲撃者止めまくってたけどさ。

　盲いたカミサマっぽい青年は、視るための眼が欲しいのだという。
　こいつらの前に戦った龍、ヴィーヴルから手に入れたざくろ石だけでは足りない、の、だろうな……。
　眼は、ひとみは、いのちのチカラにも、触媒にも強いって、聞いたことはある。
　彼はねじれ角のオレンジ髪のところまでゆっくり歩いていって、彼女へ二言、三言、語りかけている。そう長い時間のことではなかったけど……。
　そういえばあのオレンジ髪って、“自分の異形の強さ”より“人間の弱さや儚さ”に焦がれている、っていってたっけ。
　もし、人間になれるのであれば、何を喪っても構わない、破滅してもいいと、そういってた、ような……。

　……いや、うん、どっちにしても、だ。
　襲ってきたのは、全部、気絶してる、ような、気が、するんだけど、な……？　
　あ、でも、ひとりは逃げたか。でも倒れてるのは気絶してると思う。なんで語りかけてるんだろ。実は起きてるのかなあの辺……。

　割とのんきというか、緊張感的なのが少ないこのショウキンクビ’ｓ。
「静かにゃあなったが、ゆっくりもしていられねえ。全員必要なものだけさっさと奪え。離脱するぞ
　ただ、一人を除いて、だけど。
　息をつき、あのいのちを削る煙を吐いてはまとわせて、幽霊女がみなを急かした。


　すこし、して。
　一連のあれこれが終わって、その場をさあ離脱しようというとき。
「ねえ――白いカミサマ――？　カミサマはさっき――オレンジかみさんと、なにか、話してたけど――。
　もしかして――オレンジかみさんのネガイをきいて――オレンジかみさんをひとに――してあげたの――？」

　唐突に、ユノが、盲いた青年に声をかけた。

　彼は最初、白いばかりの何もない目をぱちくり、瞬いたが、すぐに自分が聞かれている、とはわかってくれた、みたい。
　にこやかに笑いかけながら、ゆったりと、ユノにそっと返してきた。
「オレンジ髪？　――ああ、斧を持っているなら、フィリーだね。
　きみの言う”神”というものが、どんなものかはわからないが。
　そういうわけじゃあないよ。私には、彼女をひとにすることはできないからね」
「うん、斧を持ってるおんなのこ――あ、そうなんだ――」

　“違うよ”と言われたからか、それともゆるやかな彼の雰囲気からか。
　とまどったように一瞬ぱちくりしてから、ユノがおずおずとあらたまって、コトバを続ける。

「あ、あのね――前にね、オレンジかみさんが“ひとになりたい”って言ってたの――。
　ひとは脆いのに――オレンジかみさんはせっかくいのちの力も強いのに――それでも、なりたいっていってたから――」
「――そう」
「いっしょにいる――きんいろかみさんがひとで――オレンジかみさんはひとじゃないからかな――？
　それとも、ひとじゃないと――いっぱいいるひとから――ひどいあつかい受けるから、かな――？
　きんいろかみさん――“ヒトでないなら、何を奪うことも赦される”って、いってたし――……」

　フーッ。

「キャ――なにっ――？！」
　おずおずしたコトバを割りいるような、ためいきに似た長い息。
　それが聞こえたと思えば、不意に鉛色の煙があらわれて広がり、宙に浮き青年に問いかけていたユノを包み、覆い喰らう。

　息の出所、煙の“もと”をたどれば、そこにはイラついた顔をした、口にシガレットを咥える幽霊女。
　何をトンチキな話をしているんだと、その顔がありありと物語ってる。

「ヒトであること、ありたいという、“ヒト”の定義が、種族であるのか、概念であるかにもよるが、ひとつだけ。
　その“ヒトでないなら、何を奪うことも赦される”なんてもんは、あいつの“法”であり言い分だ。あたしたちには関係ない。
　あいつらを討ち倒した以上、従う理由どころか意識に留める意義すらも、ない」
「これ、けむけむ――って、え、でも――」
「”何が正しいかの指針”……つまり”法”は存在による、ひとによる、場所による、支配にもよる。たった１つの絶対的で正しい法なんてものはない。抱く法同士が互いに在ることを赦されないなら、そこでは火花が散るように革命が起き、駆逐し、あるいは変質し変化する」

　ヨクワカラン。
　この幽霊女、基本的にルベウス並みにむずかしい言葉……だけじゃなく、言い回しまでよくわからんカンジ、なんだよ、な……。
　教えてくれるのは助かるしいいんだけど、ヨクワカラン。

「……明らかにわかっていないみてえだな」
　あ、めんどくさいって顔をされてる。
　まあ、うん、イイです。無理しなくて。ヨクワカランけど。
　とりあえず“ただしい”はひとつじゃなくてお星さまみたいに無数にあって、それが相容れないとぶつかる、てことは、なんとかわかるし。

　それがまさに今の、メルンテーゼ。
　今のおうさまの“ただしい”と、住んでいたボクらの”ただしい”がカチあっている。
　かといって、だからといっておうさまをとーばつすること……つまりは、殺すこと自体が目的としているわけでも、ない。

　もし”おうさま”を殺したならば、次の”おうさま”みたいにまとめられるなにかがいる。
　農奴にとって指針を示す、地主さまが要るみたいに。

　もし、それがないままおうさまを、ただいたずらに殺すなら。
　おうさまのもとでまとまってたのはちらばっちゃう。まいごになるのだって、でる。

　ちらばって、いくつかはケダモノみたいに暴れはじめて……それこそもっとひどい、ぐちゃぐちゃの混乱世界に、なるだろう。
　そうなれば、ネクターを奪われ持たない多くの”みんな”は、一瞬で殺される。
　ねねたちも、瀕死のヘイムさんも、みんな、みんな。

　何となく、それがコトワリだって言われても、いまはちょっとだけ、納得はできる。
　ひとではない、異形な視点で見てみれば、ケイヤクに必須なネクターを根こそぎ奪ったおうさまのほうがカミサマだよな、な気もしてる。
　それさえなければ、たとえ負けてもケイヤクなんてしなくていい。もちろん無理難題を叶えなくても、いい。
　弱いは支配され、管理され、搾取されるもの。エンブリオが使えなければメルンテーゼの民なぞ弱い。


　うん。あってる。


　そして新しいケイヤクさえなければ、今のチカラ関係が逆転することなんて、そうそうない。
　弱いがまとまって暴れても、簡単に抑え込める。強いが好きなよう管理し搾取し、時に気の赴くままに喰い散らかせる。


　うん、間違ってない。


　けど、それは避けたい。いや、避けなきゃいけない。
　ネガイがたくさんありすぎる！　って言われても、今よりひどい、いわゆる生き地獄になるのは避けなきゃいけない
　かといって天秤が凍ったような、動かない状態――いわゆる、世界の死も、結論の先延ばしも、避けなきゃ、いけない。
　だけどそれこそ、そこまでは、多くの異界からの来訪者にとっては関係ない、コト。

　そして、結論の先延ばしを忌んだとしても、そんな地獄を歓迎する体の相手には、ゆだねちゃ、いけない。
　この一揆の先行きを、おうさまへの謁見を。


　――結論の、切符を。


　ちらり、見上げれば。戦いの後、心なしか高揚した笑みを浮かべている幽霊女。
　彼女へ先だってのヤクソクどおり、道案内の代金を渡して。代わりにひとつ、“預かりもの”という魔法の服を受け取って。
「さて、今度こそ。それじゃあな」
　そして、ひとこと。


　それで、別れた。

シャリン――、シャリン――
　どこからともなく音がする。

　　　シャリン――、シャリン――
　　　　それは、だんだん近づいてきている、そんな気がする。

――ちゃりん。