「うふふ〜　エンバーさん、ありがとう〜！」

作ってもらったスリッパを早速履いて、はしゃいでいる。
…とはいっても、靴を履くなんて初めてで、まだ感触にも重みにもなれていないから、
足を差し込んでその肌触りに感動しているだけ。
彼の貼ってくれた布のおかげで、冷たくもないし硬くもない。
むしろ、ふかふかしていて気持ちがいい。
右の頬もころんと丸く、膨らんでいる。
それはもちろん、先日もらったキャンディで。
これももちろん彼からの。

「ね、ね、もしかして、お靴を履いたあひるって、わたしが最初なんじゃないかしら〜
うふふ、これで足も痛くないし、た〜くさん歩けるわね〜」

とちん、てちん、たちん。
注意深い足取りで、けれども楽しそうにその場でゆっくり回ってみせる。

「ねえ、エンバーさん、似合ってるかしら〜？」
「………………」
「………………………」
「……………………………………！」

はしゃいでいたのが、急に雷に打たれたように動きが止まる。
何か大変なことに気づいたようだ。
背を丸め、胸の前でこぶしを握り。まん丸の目で一心に彼を見上げて。
ひどくひどく重大で喜ばしいことを告げるように、勢い込んで発した言葉はというと。

「もしかしたら、今のわたし、シーンの最先端にいるのかもしれないわ〜！」

…………それはあひるファッション界の、だろうか。

とぅるん。

とぅるとぅるとぅるとぅる、シャ―――……

笑う彼女の頭を軽くぽんと叩いて、手を下ろす。
交わす言葉の端々を針にしながら記憶をひも解いて、
そこにどんな約束があったか、想いがあったかを辿る。

ふわふわと曖昧なそれはしかし、幾らか形を取り戻した気もする。
そのきっかけとなった彼女を何となしに見つめつつ、浅く、頷きを向けた。

今まで、会ってきた人たち―――

冗談交じりにそう言って喉を鳴らし、口端をにんまりと持ち上げる。
けれどもそれも、急に翳った彼女の表情に気付いて真顔に戻り。
何でも無いと告げるその様子はとてもそうには見えなかったが、
あまり心配ばかり向けても、逆に気を遣わせてしまう事もあるだろう。

故、“言い伝え”の部分だけは確りと豆腐めいた脳に刻み込み。
問う言葉には、思案げに双眸を伏せてから肩を竦めてみせた。

言って、周囲を見回す。人の気配はおろか獣の姿も見えない。
彼女の様子を伺ってから、緩慢な足取りでゆらりゆらゆらと歩き出そう。
笑う声が響けば、男もまた、楽しげに表情を崩した。

とぅるとぅるとぅるとぅる……

シャ――――――――！！！！！

どーん！

そそくさとエンバーさんの後ろに隠れた！

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。

　　　　　　　　　社会が四方を塞ぐなら、私は原初の空を飛ぼう。