■ 人斬りジャック（一）

お城の中で黒い鎧武者を倒したマニー親分の一行。
しかし結局鎧武者の正体は謎のままで煙のように消えちまったし、
何やらお城の雰囲気も次第に妖しくなってきたようだ。
引き続き城内の偵察で川沿いの離れへの道を見つけた一行は涼しげな廊下を進んだ。

「こりゃまた、死屍累々ってなもんで」と軽く言ったのは乾分のハチベ。
「それどころじゃねえだろ、手当てしてやるぞ」と親分が叱る。
お城の中には化け物にやられたのか、ところどころに怪我をした一揆隊の連中がいた。
特に奥に進むとあの鎧武者のせいかやたらに怪我人が多い。
だが、この離れの方に来た時に親分たちは妙なことに気付いた。


「アレッ、そいつも助けるんですかい」とハチベ。
見ると親分は廊下でぶっ倒れていたお城の侍たちの手当をしていた。
おおかた一揆の連中とやりあったのだろうが、酷い切り傷を負っている。
「もう戦えないなら命までとるこたァねえ。それに何か知っているかもな」と親分。

「そういやァこの辺りは随分お城の連中が多いですね」とハチベが気付く。
確かに倒れているのは侍や足軽ばかり、それもみんな刀傷を負っていた。
「あっしらにとっちゃ都合いいが、ちょっと変じゃないですかね」と珍しく的を射たハチベ。
「誰か話しの出来る奴ァいねえのかい」と親分は辺りを見回す。
と、わりかし傷の浅い足軽が目を覚ましたようだ。

「かたじけない」と足軽も敵ながら潔く手当を受けた。
「何があったんでえ？」と親分は介抱ついでに聞き出す。
「うむ、奴が現れて我らに斬り掛かってきたのだ」と足軽は語る。


足軽のいう奴とは、この前までお城の侍だったジャックと云う男だ。
ジャックは腕の立つ侍だったが、悪い癖があった。
剣の腕を磨くためにそこらの犬や猫で試し斬りをするのだ。
最初は大目に見ていた仲間も、段々と度を超していくジャックが気になり出した。
刀を振るっている姿には狂気さえ感じるようになったという。

こうしてジャックは仲間内からも孤立して、とうとうお城を追い出されてしまった。
それがこの一揆の騒ぎに便乗して戻ってきたという。
血塗れの甲冑に身を包み、昔の仲間の前に現れたジャックは刀を抜いて、
あッという間もなしに斬り掛かってきたということだ。


「甲冑をつけてたっていうが、そいつはジャックに間違いないのけえ」と親分。
「ああ、あの血走った眼と剣筋は間違いない」と足軽は請け負う。
「それに、我らを狙ったのも奴の復讐だろう」と苦しげに呻いた。

傷に障ったのかまた気を失った足軽を寝かせて離れを進む一行。
「また厄介なのが出ましたね」とハチベ。
「ああ、だが放っておけば俺たちもいつ襲われるかかわからねえ、
　早いとこ見つけてふん縛ってやらねえとな」と親分は意気込む。
足軽の話しから人斬りのジャックは奥へ逃げたということだが。

と、そこへ先の方から「ウワッ」という叫びと刀を合わせる音が聞こえてきた。
すわと親分たちはそちらへ駆けていく。
離れの外は涼しげな小川だが、そこに不似合いな剣戟の音。
音のする方に辿り着いた時にはちょうど斬り合いは終わっていた。

倒れ込んだ三、四人の侍たちの真ん中に血塗れの甲冑の男が立っている。
男は血刀を下げたまま親分たちを一瞥すると川の側にある木立に一目散へ消えていった。
逃がすものかと追いかけようとした親分だが、今度は後ろからどやどやと大勢の声が。
騒ぎを聞きつけたのか別の侍たちが駆けつけてきたらしい。

「チ、間の悪いこった」と苦り切った顔の親分。
これでジャックには逃げられてしまうが仕方ねえ。
まずは邪魔者を、と親分は侍たち相手に鞭を構えた。