シュガー達は王城大廊下進行の間は王城内の空き部屋で寝泊まりしていた。王城大廊下の両側には数多の部屋があり、多種多様な部屋が一揆衆の進行に伴って放置されていた。おそらくはそれらの部屋は城内に住み込みで働く者達のための部屋なのだろうが、なかなか快適なのでシュガーは利用させてもらっているというわけである。

雨風がしのげれば御の字であったテントぐらしから一変し、空き部屋にはベッドと水道とバスがあり、エンブリオと怨霊を警備に出して警戒にあたらせれば、夜もそこそこ安心して眠れる（もっとも夜襲などこれまで一度もないわけであるが）。王城の上下水道のインフラは健在で、桶に湯をためにお風呂にしたり、こっそりと洗濯場でシーツや衣服の洗濯をしたり、炊事場でカレーを作ったりと快適だ。部屋には王城の住人が残していったと思われるテレビ（放送も映る）やレコードにカードゲームやボード盤までもが残されており、至れり尽せりな塩梅である。

もうテント暮らしには戻りたくないとアイリスは苦笑いであったが、正直なところ、そこはシュガーも同意してしまうところであった。

食事も野外ではなくテーブルに皿を並べることになる。テーブルの四方に席が4席。アイリス、シュガー、アニマ、そして空席が一席。その日のメニューは月見うどんに、山盛りにつまれたおはぎであった。一揆側の糧食の補給はいまだに潤沢であり、シュガーはもちごめを蒸してご飯とまぜ、あんこやきなこをまぶしておはぎを作ったのである。うどんの出汁は昆布とカツオの２番出しであり、卵の上に海苔とねぎをまぶして月見としている。

空席にはおはぎをよそった皿が置かれ、その脇にはどこかでつまれたススキが飾られており、シュガーとアニマはつるつるとうどんをすする。シュガーとアニマは時々ススキの席にいる何者かに話しかける。アイリスはシュガーたちの一見奇妙な風習に当初は首を傾げていたが、シュガーからその空席には平家の怨霊の頂点に位置するおぼっちゃんがいるんだとの説明を受け、この人達はこういう人達なんだと納得した様子であった。どのように納得したかはシュガーの伺い知るところではなかったが、その辺りの懐の広さはさすがはベテランの冒険者であると感心する。

アニマはおいしそうにうどんをすすり、おはぎをもきゅもきゅ頬張ってご満悦な様子だった。お茶をすすって一段落なアニマはすすきの席に向かって話しかける。

シュガーがぼたもちとおはぎの違いについて説明を加えてやる。ぼたもちは牡丹の季節、春のお彼岸に食べるもので、あずきの粒をその季節に咲く牡丹に見立てたもの。おはぎは、萩の季節、秋のお彼岸に食べるものなのだ。今は季節が秋なので、アニマの食べているのはおはぎというわけだ。アニマはすすきの席とシュガーとに交互に顔を向けてふんふんと頷いていた。アイリスは暖かい目でそれを眺めているだけで何も言わない。

アニマは嬉しそうに頷き、箸をすすきの席の前に伸ばし、何かをつかむ。そしてはしを口元へ運んでもぐもぐと噛み締めているようだった。恐らくアイリスにはその箸が何を掴んだかは見えてはいないだろう。エア食事である。

何があるんだよ？　と、シュガーはそんな楽しげなアニマの様子を眺めて密かに苦笑してしまう。シュガーの目にはすすきの席の安徳帝の霊の姿が見える。安徳帝の霊は黒髪小麦色の肌の元気な男の子の姿をしており、お団子ともぐもぐ食べていた。シュガーの耳にはアニマと安徳帝の霊のやりとりが聞こえてくる。お月見の話題のようだ。

安徳帝と会話をするアニマを見守りつつシュガーは思う。アニマは己が何者か分からないと言っていたが、アニマはひょっとして冥界と縁のあるエンブリオなのかもしれないな、と。エンブリオといえども平家の怨霊をみる事ができる者は限られている。エンブリオは現世の存在だからである。また、現世の存在は現世の食べ物を食べ、隠り世の存在は冥界の食べ物しか口にできないが、アニマはその辺の制約に縛られることなく、現世の食べ物と冥府の食べ物を両方おいしく口にできる。そんなことを考えていると、今日も今日とてシュガーの耳元に冥府からの声が届く。静かで落ち着いた声であった。

それはありうるな、と、シュガーは苦笑してしまう。それに、それはそれで楽しそうだ。シュガーは窓の外をちらと眺めやる。明るい月光が王城の庭を照らし、木々が石畳に影を作っていた。きっと安徳帝の霊が強く主張して、自分達は平家の怨霊とエンブリオを連れて天体観測をすることになるだろう。いかにして望遠鏡を手配するか、シュガーは次なる難題に対処すべく思案を始めていた。

苛烈な一揆の間にも、シュガーには心休まる一時がある、ということなのであった。

シュガーは怨霊と会話をしているようです

シュガーは怨霊と会話をしているようです…

シュガーは時々意味不明なことを呟きますが、
　怨霊と会話をしているのです。気にしてはいけません。

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シュガーの周囲に目に見える形で鬼火が飛び回る…

シュガーは『宗盛の霊』をエンブリオを介して具現化に成功した