「それでは、宜しくお願いします」
「ああ」

　渡した材料を手に作業に入る少女を見送り、わずかに目を伏せる。
　頼んだのは、素材と武器の合成だ。所持出来る量には限度がある。いわゆる『型落ち』したものは、積極的に合成などで処分しなければならない。抱え込んでも何一つ良い事はなく、ことによっては迷惑をかけることすらある。
　それでも、名残惜しいと思わずにはいられない。『自分らしさ』に合わせて作ってもらった武器のかたちと、驚くほどの強度に心が躍ったのは、そう昔ではない筈だ。だが、あれから自分は三度武器を換えている。合成で威力を上げるにも、限度がある。
　一角獣との契約後。折り取られてもなお輝く角を、今でもよく覚えている。
　出来上がる予定の素材は、ある種の治癒力を備えることになる筈だ。それもまた感傷なのだが。
　別れること、捨てることに慣れていないのは、所持することを長らく忘れていた所為か。

　意識を切り替え、もうひとつの懸念を呼び出す。
　声に出すまでもなく、影が狼のかたちを成す。近頃、こうして自ずから姿を表すことが増えた、狼。

「エンブリオが『進化』する様を、見ました」

　魔女の捕えていた白虎が進化し、生命と氷を操る白雪のすがたと、白虎とは異なる特質を備えた。
　かつての鬼のような『解約』ではなく、そうしたかたちですがたを残すことが。

『わたしのやり方で、願いは叶います。わがあるじ』

　狼の目が、そう告げる。思考言語。それですら滅多にないことを、わざわざことばのかたちにしているのも。

「僕が望んだのですね」
『はい』

　――何を犠牲にしても、すがたを変えぬこと。契約。解約。個。特別。
　それら全ては世界に認証されていた。自分自身の許しだけが、最後であり全てだった。
　エンブリオとは――突き詰めれば、『そういうもの』なのだ。望めば抗い、望めば抗わない。どこからが個性で、どこからが望みなのか、わからなくなってゆく。そうであって欲しくないと望めば、個性を覗かせる。そんな、ところが。

『わたしはエンブリオです』

　思考を慰めるようなタイミングで、狼は告げる。
　そして、自分にとっては実に意外なことに、その言葉には続きがあった。

『信じて――確信していただくことは、今のわたしには出来ません。ですが、わたしたちもまた、望んでいるのです。六花を抱く契約者。わがあるじ』

　目を見開く。一瞬で、狼の姿は影に沈む。
　花弁を取り戻しつつある花が、目の前をちらついた。

　そう、確信出来ずにいる。心底からの望みなのか、どうか。

　荷物袋を引き寄せ、狼の言葉を思い返す。
　なんのために、自分達は、言葉を用いてこころみるのか。
　――先日。調査隊の青年が、悪ふさげのような笑みで告げたことばを思い返す。
　あれは真実だと、確信出来ている。根拠を聞かれても、そう思ったとしか言いようがない。
　それと同じことが、エンブリオ相手には出来ないでいるのが、少し不思議だった。
　湧き上がるのは、ただ、単純な疑問だけだ。

　何故、自分に、あんな話をしたのだろう。
　彼にもまたエンブリオがいる。生まれた時からの半身がいる。秘密にしておくことも、相談することも出来る。
　ああいった話をすること自体が久しぶりだが、言われた内容は理解し、納得してはいる。
　昔の自分だったらどういう反応をしたか。そうしたことは考えまい。

（エンブリオでも、当事者でもない、僕であった理由）

　あるいは、エンブリオでも、当事者でもなければ、誰でも良かったのか。
　そこまで考えたところで、内心首を振る。自分もあの手の話に慣れた類ではないが、他の面々はそれぞれ別な意味で、なんというか、違う。そもそも、調査隊は女性比率が多く、更に見た目的に同年代なのは自分だけなのだから、その辺りを考えれば、自明の理だった。

　口に出して、かたちにしようとしていた。そんなタイミングで、自分が水を向けた。
　そういうことなのだろう。
　信頼して貰えている、とも思う。あの青年は、明るく気さくな一方で、時折とても用心深い。
　そうであるのなら、決まっていることはひとつだ。

　何もする必要はない。

　美味しいつまみでも作っておいて、次に班が同じになった時にでも、また飲めばいい。
　人をからかう、という事は長らくやった記憶がないが、そうしたこころみも面白いかもしれない。

（そういえば、あなたはニグラさんと仲が良かった気がしますが）
『人間の男女の話は専門外なのでわかりません』

　冷たく即答する狼も、なかなかどうして、いい性格であった。
　これも面白い発見かもしれない。

（何かを聞き出して来いとは言いません。ただ、確認したかっただけです）

　今度は沈黙。
　これは、単に答える必要がないだけだろう。肯定。了解。

「そういえば、手合わせを頼んだきっかけも、あの槍でしたね」

　すべてがどこかに進んでいる。変化はこれからも起こってゆく。それはいつでも少し恐ろしく、不安でもある。
　その恐れと不安の先にあるものを、知るためにも。

「ナイトメアを、下してみせましょう」

　またしても、返答はなかった。肯定。了解。――期待。

影より立ち現れた狼が、夢魔めがけて奔る。

（手袋を着用する