敵を退けたあと、私達は予定通り川を下っていた。
私は最後尾を歩いていた。
二人共の姿が見えるからだ。

――幸い、というべきか。
アラヤの雰囲気がほんの少しずつ変化しているような気がする。
おそらく無警戒に心をひらいているソウハに
毒気を抜かれていっているのかもしれない。
一方これまでずっとアラヤを警戒していた私は
彼女の事を理解しようとしていなかった。
ソウハを守るだなどと意気込んでいた私の行動の結果は
ただ二人が打ち解けるのを阻害していただけなのかもしれない。
私は一体、なんなのだろう……？

生きろ、そう言われたからただ漫然と生きていた。
でもこの出会いでそれが変わると思っていた。
何かを手に入れて、
生きるということの何かを知って、
言葉にはできない何かが、私の行く先にあるのだと思っていた。
でも違う。
これはきっと、これまで辛かった分、
幸せなことが待っていてほしいというただの願望だったのだ。
ありもしない蜃気楼。
そんなものは現実逃避でしかない。
ソウハを見て、運命が動きだしたのだと、そう錯覚していただけだった。
動き出して欲しかっただけだったのだ。
触ろうと手を伸ばしても、決して触れることはない。
きっと誰が自分を助けてくれたのだとしても、
運命が動き出すのではないかと期待しただろう。
そんなことに今更気づくなんて、自分はなんて滑稽なんだろうか。

胸が苦しい。
もう枯れてしまったと思っていた。
でも、今私の頬を伝っているのはきっと――
距離をとっていてよかった。
二人には、今の私の顔は見せられない。
見つからないうちに頬を拭った。
生きるというのは、こんなにも苦しい事なんだ。
どうして彼は私に生きろといったのか……
ずっと悩んでいたけれど。
苦しみ続けろ、という呪いだったのかもしれない。
彼がどうして私の剣を受けたのか、今なら少し解るかもしれない。
きっと彼も生きることが苦しすぎたのだ。
そして同じ苦しみを私に余すことなく味あわせたかったのかもしれない。
そうすることで、きっと常人には理解される事のなかった彼が、
初めて理解者を得る事になるから――
それが彼なりに私を家族と認める為の儀式だったのかもしれない。

どんどん堕ちていく考えに首を振った。
全て私の妄想だ。
これ以上考えるのはよそう。
ソウハとアラヤが、敵を見つけたようだから。
剣を抜いた。
この剣で自分のこの胸をひと突きしてしまえばどんなに楽になるだろうか。
それはとても甘美な誘惑に思えた。
私は――

「生きろ」

呪いの言葉が脳裏をかすめる。
なぜだかその言葉を思い出した途端、死のうとは思えなくなっていた。
だからといって、この胸の痛みが消えるわけでもない。

軽く深呼吸をする。
あの連中を掃除したら、私は気づかれないようこっそりと二人の元を去ろう。
でも、ソウハなら私を探そうとするかもしれない。
私の事なんかにかかずらって時間を無駄にして欲しくはなかった。
私なんかと違って、ソウハは綺麗だから。
もう戦いが始まってしまう。
私は急いで剣を振るった。
敵にではない。
地面にだ。

私はキチンとソレが読めることを確認すると、
敵の元へと飛び出した。







地面には、拙い字でこれだけが刻まれていた。

「さよなら、ナナより」