■ 石の筍

「筍のようけえだぁ？」とマニー親分が頓狂な声を上げたのも無理はない。
今日、乾分のハチベが持って来た噂はそれくらいおかしなものだった。
「まあ聞いてくだせえ」とハチベが話したのはこうだ。

このゴツゴツした岩山に辿り着いたある一揆隊の話し。
岩山は足場も悪いし空にはでかい鳥の化け物もいる。
連中が休む場所を探していると、手頃な林が目に入ったのだった。
これァ良いと野営の準備を始めたのだが。

さて、かと言って別に丑三つ時に妖怪が出たりはしなかった。
事が起こったのは日も登り始めた明け方だ。
「あ痛！」と連中のひとりが叫んで寝袋から飛び起きた。
他の連中も驚いて起きてみると、叫んだそいつはのたうち回っていた。
良く見ると背中にでかい穴が空いて血を流している。
仲間が応急処置をしながらそいつの寝袋を見ると、そこには血塗れの筍が生えていた。


「何でえ、ただの筍が生えただけけえ」とここまで聞いて親分。
「危ねえと言やァ危ねえが、急所から外れてりゃてえした事あるめえ」
「いやいや、話しはここからでしてね」とハチベは声を落とす。
「何と、その筍はずぼっと地面に消えて逃げたって言うんですよ」

親分たちは念のため、と林を探して野営することにした。
まさか動き回る筍の妖怪がいるとは思えないのだが、この城ではそうとも言い切れない。
油断大敵だと親分は夜警を立てて明け方を待った。


すると、朝露の草むらの中を何やら音がする。
ずず、ずず、という音がこちらに向かって来ているようだ。
地面もほんの少し盛り上がっているのを見逃さなかった親分は飛び起きた。
「今でえ！」と親分が叫んだのと同時に地面から尖ったものが飛び出し、
すかさずそこに親分の鞭が巻き付いた。

「こいつぁ、まるで石みてえな筍ですねえ」とハチベが言う。
「呑気に言ってやがるな、手伝え」と親分の声は必死だ。
見ると石の筍は地面に逃げようとじりじり沈んでいる。
親分も巻き付いた鞭を引っ張るが、相手の力は相当強いらしい。
ハチベが鞭に噛み付いたところで雀の涙だ。

「マタの字、ここはお前さんの出番でえ」と親分は叫ぶ。
すると野営の中からひとりのえんぶりおが飛び出して来た。


「俺らに任せなァ」と現れたのはマタベという屈強な馬のえんぶりおだ。
マタベは素早く親分の鞭を噛むと凄い力で引っ張り始めた。
「流石にてえした馬力だな」と親分は感心する。

石の筍は力負けして、徐々に根元の方が出て来た。
そして急に土が盛り上がったと思うと根元にあったものが顔を出した。

「なるほどね、筍じゃなくて角だったのけえ」と親分。
目の前にはでかい角の獣が地面から這い出してその巨体を晒していた。
獣はぶるぶるっと体の土を払い落とすと、親分たちに向かって甲高く嘶いた。