ものの味が、もう、感じられない。
ごめんなさいと繰り返す舌が、重たいばかりのものに成り下がる。

ずいぶん前から、わかっていたことだ。
こんな生活、長く続けられるはずもない。
いずれはどこかに無理がきて、何かを損なっていくのだということくらい、知っていた。

差し出される善意が痛いほどに切なくて、けれど私には、それに応えるすべがない。
悲しい顔をさせてしまう。
それが、震えるほど苦しい。

感覚が薄く、遠くなるにつれ、戦うことへの抵抗もまた、同じように薄くなりつつある。
理性の箍が少しずつ緩む。
夢の中ではもう、その軋みがはっきりと聞こえるようだ。

自分の中に眠らせてあったものが確かに獣であり、なにより鬼であるのだと、その爪牙が叫んでいる。

必死で押し留める胸の内側を、遠からず何かが突き破り、引き裂いてしまいそうだ。
私にはもう、それを制御しきる自信がなかった。
いや、以前にも、そんなものがあっただろうか。

混濁する過去の記憶。
その底へと落ちていくような錯覚。
今、ここに立っている身体を掴み、繋ぎ止めておけるだけの確かさが、私の手には足りなくて。

待って。 今はだめ。 傷つけたくない。
ここにはいない。
ここには、優しいひとばかりが、いて。
違う。 私は、そんなことがしたいんじゃない。
誰も。誰も。誰も。

お願いよ。

そう言って彼は近づき、そのまま躓いて身体の均衡を崩した。