「ノワールの血族が魔狩りの一族だと言うことは、知っているな？」



　覚悟を決めたカサネに、アマネはそう切り出して話を始めた。
　血族が住まうディオクレティア大陸のこと、大陸を創世した六柱の神々のこと、そのうちの一柱である闇の女神のこと……そして、創世神話の時代から続く争いのこと。



「え、じゃあ…ノワールの血族が狩る魔族ってのは、所謂魔人の類じゃない？」

「そうなるな」



　ディオクレティア大陸において“魔族”という言葉は、特定された一種にのみ使われる。
　“界”を侵し、その世界の欠片である動植物に寄生して“魂”を喰らい、“肉体”という存在を乗っ取って成り代わる。そうやって数を増やしていき、やがて世界を食い尽くす…それがアマネ達血族が魔族と呼ぶ者たちの生態だ。
　ディオクレティアの闇属性は影を始めとした空間に深く関る特性を持つ。
　それゆえに、闇を司る女神の末裔は“界”を侵して侵攻してくる者達を迎え討ち、撃退する門番の役割を担うのだ。



「ノワールの血族は聖五王家と同じ創世六神の末裔だが、国も王も持たない」

「それは女神が司るものが国を成し、人を束ねるには向かないものばかりだからさ」

「死、情欲、負の感情…まぁよく語られるのはこの辺だな。聞いてるだけで不穏だろう？」



　くくくと喉の奥で笑って、アマネは続ける。
　国を持たないノワールの血族が人々を束ね導く代わりに負った役割。
　戦い、殺し、そうして守るということ。
　守るために、戦うのだということ。
　だから、アマネはカサネに問うたのだ…『お前には、守りたいものはないか？』と。



「俺も若い頃はやさぐれてたからなぁ…守るものとか関係ないって思ってたし…」

「特に俺がお前くらいの時は魔族の侵攻激化して内乱起こるし、血族ごっそり減るしでてんやわんやだったけどな！」

「…んでも、まぁ…いざ守るもんができるとな、世界は変わって見えるのさ」



　傍らの獣を撫でる男の紅い目は、獣を通して別の誰かを見ているようだった。



「守りたいものを守るためなら、形振りなんか構ってらんねェのは俺に限ったことじゃない」

「歴代の血族たちはそのために、少なくない数の異界の助けを借りてきた」

「敵の敵は味方ってな…だから俺らも、彼らの求めに応じる義務がある」

「先祖の借りを子孫が返すってのは、直接関係ないお前には悪いと思うけどな…」



　カサネが今いるメルンテーゼは、動乱の最中にあるといっていい。
　王を妥当すべく様々な世界から戦力を呼び寄せているために“界”の守りは酷く緩くなってしまって、そうしてとうとう“連中”を招き入れてしまった。
　“界”の意思はそれを拒みたくても、内に住まう人々が望んで招き入れてしまったものを吐き出すことはできない。
　だから、精一杯の伝を辿ってこの世界は血族に助けを求めた。
　そうして呼ばれたのが、カサネであるのだとアマネは言う。



「お前には傍迷惑な話だろうが、それでももう、事態は動いちまってる」

「連中は確実に数を増やし、世界を喰らい始めてる」

「いつかは、お前がこの世界で出会った誰かも喰われるかも知れない」



　そこまで言われて、ようやくアマネの語る事態がどういうことなのか、分かったような気がした。
　昨日隣に立っていた誰かが、明日にはその誰かでなくなっているかもしれない。
　出来の悪いホラー映画のような事態が間違いなく現実なのだと、アマネはそう語っている。

　ゾッとした。
　嫌だと思った。

　この世界は違うと、元の世界に帰るのだと願っていたけれど、ここで出会い、言葉を交わすようになった人たちはカサネにとって既に“大事”な場所に居る。
　いつか別れが来ると分かっていても、その別れが元の世界に無事帰還する以外であるのは耐え難い、そう思う程度には。



「お前の力が必要だ」

「お前で、じゃない。お前が、必要なんだ」

「お前のその力を、貸してくれるか？」



　再び、アマネが問う。
　見下ろす紅い眼を、紫の眼は逸らすことなく見返して。







　青年は、一つ頷いた。