占い師へお礼を言い、外に出た私達は宿横にある憩いの広場に戻ってきていた。

日が傾き始め、空が少しずつオレンジ色に染まりつつある。

広場にいる人たちも先刻より数が減っていた。もう少しすれば夜が来る。

同じベンチに座り、私と兄さんは黙ったままだ。

占いの結果は少しは私達に進むべき道の片鱗を見せてくれた。
だが、それ以上に気がかりなのは一番最後のカード。


銀髪の女性が両手、両足を鎖で繋がれて椅子に座っているといったもの。


そのカードは正直に言って私にとって大きな衝撃だった。
今回の全ての事件に関わっているはずの自分そっくりの魔女。
彼女を暗示するものが不吉すぎるカードに描かれていた。

私達は彼女のでたらめさを知っている。誰にも指図されず自由で、誰にも縛られず動き、そして彼女は笑う。不吉で綺麗な笑みを浮かべる。

そんな魔女が両手足を縛られ拘束されている。
それはこの事件において彼女は『被害者』だということ。
彼女をそんな状況にしている、もしくはする『加害者』がいるということ。

私はてっきり彼女に会えば全てが結び目が解けたように色んなことが解決していくものだと思っていた。
だが、それは違う。
私達は彼女に『会う』という立ち位置にはいない。
私達は彼女を『救う』という立ち位置に配されている。

一筋縄ではいかない魔女を拘束するほどの誰かを私達は相手にしなくてはいけないんだ。

青天の霹靂ってこういうことを言うんだろうな……とぼんやり考える。

「とにかくさ」

沈黙が流れる中、兄さんが口を開いた。
そちらを見ると少し困った顔で彼は笑う。

「魔女ちゃんが大変な状況にあるのは分かったわけだし、彼女がいるかもしれない、いなくても何か関係がある場所の手掛かりはあるんだし、動くしかないか」

私は頷きながら占いに出た白い館の絵を思い出す。
森のような緑に囲まれ、館の右側に時計塔のようなものが建っていた。
特徴としては十分だし、聞き込みをすれば手掛かりは手に入れられそうな気がする。

「他のカードが暗示していたもの、みんなが心当たりがないか聞いてみないといけないですし」

「事態は少し進展、かな？」

「踏み出す方向が決まった、くらいですけどね」

「それでも逆方向に進みだすより良いさ」

からからと笑う兄さん。本当に前向きと言うか何と言うか……。
それでも、そんな人がいてくれるだけで気持ちはずいぶん楽だ。
私一人ならアレコレと悪いことばかり考えてなかなか進むまでに時間が掛かるだろう。

拘束される魔女は気にはなるけれど、気になるからこそ動き出さないといけない。
この事件がまだ私達の周りだけで済んでいるうちに。

「こんなところにいたのね」

声を掛けられ視線を向けると、アーネが立っていた。
その姿はいつも通りにスーツだったが、土のような汚れが付いている。今朝、朝食後に出て行く時には綺麗なままだったと思う。よく見れば髪に葉っぱが二枚、まるでアクセサリーのように付いていた。

「アーネ、何かあったの？」

「な、何かって？」

明らかに動揺するアーネに葉っぱの付いた場所を自身の頭で示す。
つられる様に自分の髪に手をやったアーネが葉っぱの存在に気づき、はっとしながらすばやく葉を払った。
思わず兄さんと顔を見合わせる。

「べ、別に問題ないわ」

咳払いを一つ、少し顔を赤くしながら彼女は平静を装う。動揺しているのは誰の目からでも分かるのだが、きっと触れてはいけないのだろう。ここは流してあげるほうが優しさだと思う。

「で、アーネ。俺達を探していたのか？」

兄さんが先に言葉を掛けた。

「ああ。えっと……別に大した用はないのだけど二人して姿が見えないし、誰も行き先を知らないって言うから気にはなってたのよ」

確かに気晴らしに外へ出て、すぐに戻るつもりだったから誰にも何も言っていなかった。
心配をかけてしまったのだろう。

「心配かけてごめんね。ちょっと占いをしてきて」

「占い？」

胡散臭そうな顔をするアーネに頷き、占いの結果を話す。
始めは半信半疑で聞いていた彼女も、最後まで聞き終わると少し険しい顔になっていた。

「捕縛された魔女……にわかには信じがたいけど」

やはり同じところに引っかかるようだ。アーネはあの人とは直接会っていないが、それでも話だけは聞いているだろう。魔女の力は彼女も理解はしている。

「それでも何もないよりはマシ、か……」

彼女は小さく頷く。

「とりあえずはその建物を探すことを目標にしましょ。他は今は解かりっこない情報だし横に置いておくしかないわ」

「そうだね。とりあえずオハンたちにも覚えがないか――」



――それは少し寂しいなぁ。



急にしたその声に心臓が跳ねる。

すぐ後ろから掛けられた声に咄嗟に振り返る。

そこには誰もいない。

「どうかした？」

アーネが不思議そうに声を掛けてくる。

「今、誰かいた……？」

「いなかったわよ。いれば私が見てるし」

確かにアーネは私達と対面にいる。後ろに誰かがいれば気づくだろうし、周囲には身を隠せるものもない。

「気のせい……かな」

気のせいにしては鮮明に聞こえた言葉。
不安を掻き立てる笑みを含んだ声。

心臓の音がやけに大きく聞こえ、気持ち悪い感じが治まらない。

「……ッ！」

そのもやもやとした悪い予感が強くなった、と同時に空から何かが落ちてきた。
衝撃と土埃を撒き散らしながら、それは緩慢に動き出す。

「……何なのアレ」

アーネが呆然と呟く。


そこには大きな熊の人形がもぞもぞと蠢いていた。