──ギィ　　　ギ

何かの、軋む音がする。

──ギィ、ギ

何度も、何度も。


視線に気づき、顎を上げる。

そこには、瞳があった。

黄色く濁り、瞼など無いかのように不自然に盛り上がったそれは、

感情も何もなく、ただ、死だけをそこに宿していて。


──ごめんなさい

「どうして、謝るの」

──ごめんなさい

「何に、謝っているの」

──ごめんなさい、ごめんなさい

ごめんなさい。

何度も、何度も。彼女は呟いた。
なぜ、どうして。何度、何を問いかけても、変わらない答え。

少し、困ってしまう。
なんとなく、呼ばれた気がして傍に来たのに。
肝心の本人が、何も用件を話してくれないのだから。


「私に、『その人』の代わりになって欲しいの」

思いついた事を口にしてみる。
すると、ぴたりと涙声が止んだ。……どうやら、違ったらしい。

「『その人』は、いつか、ここに来るの」

────来ない

ひくと、喉音が重なる。謝罪も、啜り泣く声も、ひとりではない。
でも、その体は、ひとつだけ。

──だって、ひとりで、ここに来たの

「……なら、そこに括られていたら、いけないと思う。
　何かを悔いているのなら、会って、伝えてしまうのが良いと思う」

手を、差し伸べる
動かない筈の瞳が、驚きとともに、その動きを追ったような気がした

「大丈夫。……私には、それが出来る
　貴方達の想いは請け負えない。けれど、貴方達の歩みを、請け負うことは出来るから」


──ごめんなさい

木が、軋む音が、揺れる影が消える。
入れ替わるようにそっと手に乗せられた手は、白く小さく。

──『ありがとう』

その只ひとつだけの声は、
とても、色々が入り混じったような、生ある声だった。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「──で、今度は何を拾ってきたんだお前は」

「……困ってる人」

「人じゃねえだろそれ！　て言うか幽霊でもないよな！
　ったく、なんでお前はそういうのに毎度毎度惹かれるんだよ！」

「……不思議と」

「その体質は仕方ないにしても、ほいほい連れてくんなって俺は言いたいんだからな！
　お前には目的があるんだから、ちゃんと最後まで面倒見きれねえってわかってんだろ！」

「大丈夫。その辺はぬかりなく了承済み」

「……連れてこないって選択肢はもうお前ん中にないんだな。わかった。もう好きにしろ俺は知らん」

「あらまあお父さんたら拗ねちゃって。
　トウカは『こっち』の方なら、これまでだって心配はいらなかったでしょう？　本当心配症ね」

「誰が父さんだ。
　だってコイツ、いつの間にか呪術師の『あれ』だって見えるようになってんだぜ。
　これでコイツの性格知ってたらそりゃ心配もするだろ」

「だったら尚の事、トウカは選択と選別の仕方を覚えなくてはいけないわ。
　わたしや貴方が傍にいられるのもまた、今だけなのだから」

「…………」

「あ……お父さんが、更に拗ねた」

「だから父さんじゃねえッツってんだろ！！」

中々に諦めは悪かった。

魔王になりたくてそうしたのか、と問われたら。
少し、止まって。何かを躊躇う様に暫しの間、その場で悩み始め。
1分ほど悩み続けた挙句、トウカから少し目線を逸らしながら。

×奪い取った
△受け継いでいた
〇押し付けられた

此処がメルンテーゼでなければ思春期の妄想であった。

　ぱちり、と瞬きを繰り返す。そうだなぁ、と暫し思考し。

　自由気儘。風の向くまま。思うが儘の彼らの気性がこの上なく好きなんだ、と語りながら。

　きょろきょろ、と辺りを見回す少女を見上げて、不思議そうに首を傾げつつ。
　自分の色もほめてもらえた事がわかれば、またきゃあ！　と楽しげに声を上げて。

　小さな手をいっぱいいっぱいに広げ、笑い返して。

　宝探し。確かに、そう言われてみるとそうかもしれない。小さく苦笑いを浮かべながら、相手の疑問には自身も首を傾げながら。

　ただ、この世界で知り合ったもの、見つけたものも多くある。例え見つかったとて、途中で投げ出す事も出来ないけど、と頬を掻きながら答え。

　ぶんぶんと両腕を振っている。慌て過ぎである。
　しかし、少女の続く言葉を聞けば、動きを止めて、ぱちぱちと瞬きを繰り返して。

　こてり。小さく小首を傾げながら、じゃあその“大事な人”って、どんな人なの？　と問いを投げ直した。

背負った薙刀を引き出し、構える