俺はこれから手紙をしたためることにしました。あなたが目を覚ました時、あなたの顔を見て安心した俺が死んでしまってもいいように、ここにすべてを書き記しておきます。あなたに伝え残すことがないように、全部です。
旅に出て、ちょうど一カ月経ちます。俺はこの角を羊のものと言ってごまかすのにも、慣れてきました。なるべく関わらないようにしていても、首を突っ込んでくる輩はどこにでもいるものです。心配、興味、どんな言葉を並べてきた相手でも、正体を知れば、皆手のひらを返すことが分かっているので、不愉快でたまりません。
あなたのような人間など、どこにもいないとわかっています。何かを求めて、奴らと関わるというのが、いかに意味のないことかも、わかっています。どんな対応をしようと、一人で出来ないことなどないので、こまりません。ただ、敵対してしまうと、やっかいなことは、頭ではわかっています。
ここまですべてわかりきっているつもりですが、時が経てば経つほどに埋まらないものの大きさを強く感じるようになってきました。あなたが止まってしまっているこの場所で、俺だけが息をしているのだと思うと、まるであなたに置いていかれているような、現実とは正反対の気持ちを覚えます。
俺は必ず時間を巻き戻し、振り返ってあなたを迎えに行きます。あなたのいるあの村まで、走っていきます。だからどうか、約束だけは忘れないでください。止まっているあなたでは、忘却すら許されないのでしょうが、不安でたまらないので、それだけお願いさせてほしいのです。
最後に、星を見て思い出したことを書きます。あなたは以前俺のことを空気の様な存在と言い、取り乱す俺に「空気の様にいつでもそばにあって、それがないと生きていけないようなものということだ」と言ってくれました。その時俺は、ひどい人だと言いましたが、それはけして冗談に対する非難ではなかったのです。こうしてぼんやりと星を見ていると、自分が息をしていることすらわからなくなってきます。息を止めてみても、やはり同じで、息苦しさなど感じません。悪魔に酸素が必要かという話ではないのです。俺はあなたといつか宇宙に行きたいという話です。
宇宙空間で手を取り合えたら、疑り深いあなたもきっと信じてくれるはずです。
俺はあなたさえいれば、きっと、生きていくのに他に何もいらないのです。わかってほしかったけれど、あの時の俺にはどうしようもないことでした。