ぺたし。ぺたし。ぺたし。
屋内ならば少しは涼しいかと訪れてみた地下牢は、また死者の出迎えで始まった。
兵舎の汗臭さとは違い、じっとりとした空気に侵されているようで、濡れて汚れた床に、急ごしらえの足袋はあっという間に澱のようにたまった汚れが浸み込み、べとべとと気持ち悪い感触を足に伝える。

「……………生きてる人、いないのかしら〜」

たしか、ラケルト…だったか、片目の兵士とその部下たちと。
それ以外に、生者とこの城でまみえた事はあっただろうか。

「ねえ、ミリャナ〜？
あなた、王様のエンブリオだったのでしょう？
王様、まだお城にいらっしゃるの〜？」
「……………………♪」

いくら新たに契約を結んだとはいえ、先の契約主への仁義があるのか、ブラウニーには答える気配はない。
ちらとかばんの中を覗き込み、ヒュドラの様子も伺うが、こちらはすべての首が目を閉じ、眠ったふりだ。
ため息を吐くとかばんを閉じる。

「綺麗なお水が欲しいわね〜」

ぺたし。ぺたし。ぺたし。

また、奥の方から不穏な気配が漂ってきた。
表情を引き締める。
再びかばんを開け、ペンを取り出す。

「……おいで、ブランカ、ミリャナ、ヨヴァンたち〜」

かばんの中から飛び出したエンブリオたちが、少女を守るようにくるくると舞い、次々にペン先に口付けていく。
ペン先に光が宿り、構えるその動きについていくように、スゥ、と光が軌跡を描いた。

じめっとした空気に、ゆるりと首を振って。

びしっ。

男の指に嵌る指輪から、不穏な気配が漂い始める。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。