ナイトスピリットの件、やっと話が進んだ。
喜んでばかりもいられないが、とりあえず日記に書き残しておこう。

コアとしてランタンの中央部に浮かんでいたのは、俺の嫌いな奴ではなかった。
俺をパパ呼ばわりするそれは自分の名前を覚えていなかった。
ただ、俺の力を代償にして正式に呼び出してみれば、髪や瞳の色が全然違ったので、
俺の嫌いな奴じゃない、ということだけははっきりした。よかった。
まだどこか陶器のようなツヤは残るものの、ほとんどヒトと同じ姿になった。
堅い髪質のおかっぱに見えたそれは、プラチナブロンドのふんわりボブへ。
色を持たなかった瞳は翡翠色へ。
年齢は、多分、小学生中学年か高学年か……10歳くらい？
興奮すれば頬に赤みも差すし、泣けば涙も出る。
衣服は不思議なことに前にシェリーに作ってやったのと同じものを着ていた。
ここまでヒトらしさを得ていても、まだ言葉は音声として出せないらしい。
それでもスマホ(コピー)に文字を送信することはできるので、一応会話はできる。
……あ、そうそう。スマホに謎のメッセージを送ってきたのはこいつだった。
声が出ない為、いろいろあがいた結果スマホへの干渉に至ったと。

問題のこの少女だが、まず名前を聞けば覚えていない。
俺をパパと呼ぶなと言えば猛烈に泣く。
駄々をこねるのでなく、本気で悲しんでいる泣き方に見えたから、許すしかなかった。
やっとパパに会えたのに、もうどこにも行かないで、と言われるとな……。
ちなみにそのパパについても、名前だけ思い出せないようだった。
パパは遠いところへ行っていて、帰ってくる前に少女が先にどうにかなった、のかな。
もう少し時間が経てばこの少女も冷静さを取り戻して、
父親がいない事実を受け入れられるかもしれない。
それまでは、しばらくゆっくり見守るとしよう。

さて、名前を覚えていないのだから、名前を考えなくてはいけなかった。
少女も俺に名づけてほしいと言っていた。
そういう訳で、マーガレットという名前を渡すことにした。
割とそこらで咲いている普通の花というイメージを拝借して、彼女にもできるだけ
普通の女の子として普通の幸せを受けることができれば、と思ってこの名前にした。
ただ、そのままだと長いので、マリーと呼ぶ。
仲良しらしいシェリーと名前が近くて、少女もとても喜んでいた。
マーガレットもマリーも目を潤ませる程に喜んで気に入ってくれてよかったよかった。

こういうことがあった、と一連の流れをシズカに話すと、変な顔をされた。
シズカの世界いる俺に義理の娘がいるらしく、名前もニックネームも由来も、
全て綺麗に俺がつけたのとかぶっていると。
俺ってもしかして単純な方？と聞いたら、シズカは曖昧に微笑んだだけだった。

アキトの言葉に、うんうん、と頷いて見せて。

　

拝啓、母さん
これから、イカのパエリアを食べます。
前にユディタが弁当を作ってくれたときは保護魔法をかけてくれたけど、この料理に保護魔法がかかっているかは確証を得られませんでした。
この皿から発せられる不快な臭いが俺のトラウマ由来なのか、本当にヤバイのか、判断がつきません。

苦手な食べ物を克服するいい機会だと無理して口にしました。
でも、食べてから「もう少し信頼性のある物で試した方がいいんじゃないか」と気づいて、なんだかもういろいろとどうでもよくなってきています。
とにかくまぁ、いい歳して食べ物から逃げるのも嫌だなという意地がこの悲劇を呼んだのだと思います。困ったことにこの世界にはラッパのマークの薬もありません。マジヤバイ。

幸い博識な魔女のユディタとサバイバルに強そうなアリスと薬に強そうなロロムが仲間なので、多少の食あたりならなんとかなると思います。
ただ、人として失われてはいけない物がどこかに行ってしまうのではと、漠然とした心配が俺の胸の内でモヤモヤと深い霧となっていて、どうしたものかと困っているところです。
なんとか無事帰宅できるよう祈っていただければ、俺も頑張れます。というか頑張ります。