「さて」

呟くと同時、相手が動く。
ドレス姿の少女。
彼女が振りかぶるは両手剣。
当たれば必殺。
だから、避ける。
横に逸らす、ことは考えない。
できない事は考えない、それが必須。

「……難しいことを言ってくれる」

殺すことを決意する。
『笹霧拓斗』と名乗る男ではなく。
『霧里朔太』を名乗る忍として。
真っ直ぐに振り下ろされた刃が地面に食い込み、跳ね上げられる。
それを横目に、左に跳ぶようにして駆け出す。
相手の右側が此方の目に飛び込むが、風斬音が右から来る。
戻しが速い、恐らく強化された肉体で操っているからなのだろう。

「くっ」

払いならば、と思い刃の下腹へと手を沿える。
瞬間、上に押し込むように力を込め、刃を逸らす。
刃の下にもぐりこみ、少女の体へと刃を伸ばす。
途端、衝撃が腹を突き抜けた。
少女の足が、此方の腹に突き刺さるように捻じ込まれていた。


---------------------------------------------------------------------

『少女を救ってほしいのです』

それは、どこかの次元にある、妖精界を統べる女王の言葉。
精霊界の交渉役と訪れたあっしに伝えられたのはその言葉でやんした。
事情を聞いてみれば、一つの恋話。
一人の男に恋をした妖精が、その男のために剣を鍛えた。
男はそれを用い、護るために戦った。
そして散った。
だが、男の魂は剣に宿り。
戦場に渦巻く怨念をもその剣に宿った。
剣は呪いの剣となった。
……そこで、その物語は終わるはずだった。

『剣を持った少女がいやんしたか』
『はい。彼女は、彼の魂があることがわかったようです。だから、"削銘"を行ったのでしょう』
『"削銘"、でやんすか？』
『ええ。物の銘を削り、それを名乗ることでそれは別物とし、呪いの進行などをその物の表層にとどめる処置です』
『なるほどでやんす。真名ではなく別名を用いることで、別名の方への侵食を進ませたと』

別名はあくまで別名。
その物に真につけられた名ではない。
故に、物の芯まで届くには、時間をかけることとなる。

『……結果、私の想い人の魂は護られています。ですが、別名となった少女は』
『侵食を受けやんすなぁ』

そして最後には呪詛に食われる。
……それは、彼女が選びたくはなかったが、選ばざるを得ない選択肢だったのかもしれない。

『だから、お願いです……』
『……はぁ、全く。交渉のタネに凄いものを持ち出してきやんしたなぁ』

戦場で散った魂がいくらあるかは知らない。
だが、呪詛とまでなったもの。
数も、強さもあるのだろう。
されど。

『わかりやんしたよ、やりやしょう。外交役、なんて肩書きを背負っているのが今のあっしでやんす。なれば、そのように生きやしょう』
『ありがとうございます。……なした暁には』
『あーそっちの話はあっしじゃなくて別のに願いやんす』

自分が呼ばれたのはそういうことなのだろうと理解する。
厄介を解決し、それを元に外交をこっちの有利に持っていく。
自分は解決をし、交渉は姪達に任せている。
何しろ自分にできるのはただ一つ。

生きるために、活かすために、刃を振るることのみなのだから。


---------------------------------------------------------------------

自分の命は感情と勘定の外。
痛みが走る体、上から吹く剣風。
先ほどの払いが上に持ち上げられ、此方に振り下ろされる。
咄嗟に右手に握った破呪の剣を横にして差し出すようにして受け止める。

「ぐ、あぁぁぁぁぁぁぁぁっ！」

喉から自然と漏れ出す音。
右の手が軋みを挙げる。
左の手で、ある一つの結晶を取り出し少女の足元へと落とす。

「くっ、がっ……」

蹴られた。
体が勢いにより飛ばされる。
内臓がかき回されたような感触が襲い、喉からは鉄が香る。
だが、地に足を着け、止まる間も無く少女へと駆け出す。
右手は先ほどの剣を受け止めた影響で、痛みを発する上、蹴られた際に刃に当たったのか深い切れ込みが入ってる。
そこから流れる血を足跡としながら、力の入らぬ右手より奪うようにして左手で短剣を掴み、構える。
右腕を代償にした甲斐はあった。
黒い剣が、元の色を戻しつつある。
だが、足りない。
だから、銀閃を走らせる。
相手が振り下ろす剣腹を、ボロボロになった右腕で、叩き、逸らし。
完全に逸らせなかったそれが、左肩を切り裂いても。

「六天の魔王の祝福だ、受け取れ……っ！」

刃を止めず、振り下ろされた剣たたきつける。
だが足りない。
剣はほとんどが解呪しかかっているが、それでもまだ。
だから、最後の最後。
力を借りる。

「起きろ。『Bless of Titania』」

その剣の真名を唱える。
そこより、一筋の光が溢れる。
同時に、此方が落とした結晶からも。

「此方ができるはここまでだ、後は其方のその手で救うがいい。妖精の女王（ティターニア）」

落とした結晶はエンブリオ。
そのエンブリオの名は、レッドベリルフェアリー。
妖精を通じて、彼の女王の力を借り入れるため、取得したエンブリオ。
彼女が光を放ち、一筋の光と共に少女の中へと消え去った。

それを見届けたところで、此方の意識は途絶えた。
体が倒れ、水っぽい音が、耳に響き……それが、最後に聞いた音になった。

木で作られた台に乗って、踊りながら歌っている女の子がいる
１曲歌い終わると、ちらほらいる観客に向かって話しかけ始めた