仲間から離れて林へ移動する。
レッドドラゴンのエンブリオ、クィンと名乗る男を呼びだすときは、
木々のあるところで両手を叩き名を呼ぶきまりだ。
クィン本人がそう望んだ。

クィンはどくにんじんとはまた異なるへんてこなエンブリオのひとつだ。
まず砂地で会ったときとまったく異なる、どう見ても人間の姿をしてる。
その姿は俺と少し似てると思う（髪の色やわずかに匂いとか）。
にんじんは「トリーはにんじんの香りがするから全然似てないよ」って言うけど、俺は似てると思う。
きっと俺のエンブリオだから似てるんだろう。
あれっ。でも俺とにんじんはエンブリオだから香りが似てて、
俺とクィンもエンブリオだから香りが似てるのかな。
それって変なことだろうか。じゃあこれはへんてこな理由のひとつじゃない。

とても人見知りするからという理由でトリーが一人のときしか姿を現さず、
けれどもしっかり見守っているから安心しろと根拠のない自信を見せる。

そして力を借りるとき、戦闘でレッドドラゴンの力を使うときでもクィンは姿を見せない。
力を借りるときは砂地で出会ったレッドドラゴンそのものがのそのそ現れて、火を吹いて敵を燃やす。
戦うレッドドラゴンはクィンが化けたものではなくクィンの子分みたいなものだとクィンは言った。
確かにクィンはレッドドラゴンだから、レッドドラゴンの子分がいてもおかしくない。
子分が人の姿を取らないのは子分だからというのも納得のいく話だ。

いつもだったら「トリー、呼んだか？」と待っていたとばかりに空中から現れるのに返事はない。
風が木の葉を揺らし葉がこすれ、ざあざあ音がする。

どくにんじんが服を引っ張る。

移動する前、腹立たしくて近くの木を強く蹴った。
すると、叫び声とともにどさりとなにか大きなものが落ちる音がした。

クィンは目玉焼きトーストをくわえ、茫然とした顔でこちらを見上げていた。
落ちる寸前に受け身をとったのでパンもクィンも無事らしい。

行儀悪くトーストを食べながらの言葉に説得力は欠片もない。
そういえばジジイにも似たようなことで叱られた気がする。

むぐむぐと飲み込むようにトーストを口に入れる。
一度に食べれば喉が渇くだろう、食べ終わると同時に咳き込む。

クィンは頭を抱えわなわな震えている。
そういえばサンダーバードのときは食べられたくないとわあわあ騒いでいたし、
キラーウルフのときは逃げ回って抵抗してたっけ。
泣くでも暴れるでもなく、こんな反応するやつは初めてだ。

クィンの服を掴みぐいぐい揺する。

クィンの顔はみるみるうちに青くなっていくけど止まれない。
だってクィンは嘘をついてた。裏切っていたんだ。
嘘つきは悪いことだってジジイは言ってたのに。

どくにんじんは煽るように側でふらふら踊っていた。

（つづく）