■ 首無し武者

お城の中庭の、侍たちの稽古場のようなところを進むマニー親分の一行。
荒れ果てた地面に無造作に刀や鎧が捨て去られているが、肝心の侍の姿はない。
元々不気味なお城だが進むに連れて何となく陰気な感じが増している。

「こんなに荒れ果てていると、何か出そうですねえ」と言い出したのは乾分のハチベ。
「出たよ。どうせまたくだらねえ噂だろう」と親分は呆れ顔だ。
「まあまあ、あっしの噂は案外役に立つでしょう」と結局話し出した。

それは昨夜の話し、ある一揆参加者の男がこの辺りまで進んだ時のこと。
無理な進攻で辿り着いたのはもう丑三つ時だった。
だがおかげで暗闇の中にうっすらと、中庭の先にある新たな建物が見えてきた。
よし、では今日はここまで、とその男は野営の準備を始めた。

と、そこへ何やら音が聞こえてきた。
がちゃ、がちゃ、と重い金属が鳴るような音が規則的にしている。
その音は先の建物から、少しずつ男のいる方へ近付いてくる。
これは足音だ、としばらくして気付いた男。
どうやら鎧を付けた侍か何かがこちらへ歩いてくるらしい。

疲れ果てている男は、これは拙い、と急いで身を隠した。
ちょうど荒れ果てた倉庫のような瓦礫の山のようなものがある。
そこに隠れてから、顔だけ出してそっと足音の方を覗く。

足音の主は、やはり甲冑を付けた侍だ。
重そうな具足が歩くたびにがちゃがちゃと鳴っている。
腰には立派な太刀を携え、夜警だろうか、ゆっくり歩を進める。
真っ暗だし距離もあるため顔までは見えない。

息を殺してそいつが通り過ぎるのを待っていた男。
すると、次第に近付いてくる足音に混じっておかしな声が聞こえてきた。
それはくぐもって聞き取りづらいが、どうも「助けてくれえ」と聞こえる。
なぜ侍がそんなことを、と思って再び相手を覗いた男。
しかし、相手の顔を見た途端に男は気を失ってしまった。

近付いて見たその侍には、首から上が無かったのだ。



「首無しの侍ねえ」と聞き終わって親分は半信半疑だ。
「ええ、ちょうど薄暗くなって来ましたからね、出そうじゃないですか」とハチベ。
「莫迦、そう簡単に出たら苦労は…」と親分が言おうとしたのだが。
それを遮るようにがちゃ、がちゃ、と聞こえて来た。

はっ、とした一行、ハチベはすかさず親分の後ろに隠れた。
だが親分は落ち着いて音のする方向をじっと見ている。
「確かに鎧武者のようだな、早速のお出ましけえ」と呟く。
足音の主は甲冑を着て刀を腰に指している。

「親分、く、首は…」とハチベが恐る恐る覗く。
そして、あッ、と驚いた。
「や、矢っ張り、首がありません！」とハチベ。

だが親分は落ち着いている。
ヤッ、と気合を込めて鞭を振るうと首無し武者に見事当たった。
不思議なことに鞭が当たったのは無いはずの頭のところだ。
と、がちゃん、と言う何かが割れる音がして、無いはずの首が現れたのだ。

「暗くてわかりにくいが、こいつァただ黒塗りの壷を被っていただけだぜ」
と、親分は一目見ただけで首無しの仕掛けを見抜いたのだった。



「いやあ、助かりました、親分さん」と首無し武者の男。
なんてことはない、この男も一揆参加者のひとりだったのだ。
「お城の蔵を調べてましたらね、急に目の前が真っ暗になっちゃって」と語った。
どうやら上から落ちて来た壷に視界を奪われてうろついていたらしい。

「手前の頭で割れば良かったのに、間抜けだなあ」と正体がわかればハチベも強気だ。
「まあ昨日の晩から飲まず食わずなら参ったろう」と親分は気遣う。
「昨日からですって、いや、私がこうなったのはついさっきですよ」と男は言う。

「あれ、じゃあ、昨日出たっていう首無し武者は…」とハチベはまた震え出した。
「ああ、まだ他にもいるみてえだな」と、親分は辺りを見回して鞭を構えた。