それは、予兆。
　そして、抗いきれぬ運命の欠片――



　首の後ろが何だか落ち着かない。
　傷痕がジリジリとした違和感を感じている。
　それは、数日前にも砂漠で感じた感覚だった。

　誰かの視線や敵意を感じるわけではなく、いつぞやのような襲撃者の気配もない。
　それなのに、身の内から感じる焦燥にも似た感覚に落ち着くことができない。
　水辺の森はこの世界に来てからずっと寝ぐらにしている場所で、危険性も安全性も凡そは知っているはずなのに…

　いや、違う――と自分の中で否定の声がする。
　これは、森に関する違和感ではない。
　もっと違うモノ。
　異質なモノ。
　森だけではなく、砂漠だけではなく…“世界”に紛れた染みのような何か。

　血がざわめく。
　魔力の暴走とは似て非なる感覚は、高揚感とでも呼べばいいのか。
　それは危険だ、それを許すなと訴える本能に引きずられる。

　それ、とは何だ？
　一体、何が自分を駆り立てる…？


――臭うな


　不意に、ずるりと影から這い出して、黒い獣が宙を仰いでそう零した。
　空気中にただよう何かを探るようにふんふんと鼻を鳴らすと、のそりと足を踏み出す。


「クレノ…？」

――食事に行って来る…夜明けには戻ろう…


　長い尾を一振りして、振り返ることなく獣は闇に紛れて姿を消した。
　呆気にとられて見送ることしかできなかったカサネの背後で、双頭の獣は盛大に溜息を洩らす。


「やーだネェ…やっぱりこうなんのー…？」

「相変わらずだな、彼の女神も…あの獣も」

「お前ら…何か知ってるのか？」


　訳知り顔の獣を振り返れば、ちらりと首同士で視線を交わした獣はしかし、どちらも首を横に振る。


「これはネェ…俺らの管轄の範疇超えてるからネー…」

「クレノが主殿に何も言わぬのならば、まだその時期ではないということだ…だが、何れは知ることになろう…」

「だよネ…何たって、主殿は…」

「うむ…あの方の子孫であるからな…」


　随分複雑そうな、難しい表情で溜息混じりに獣は言った。
　それきり、口を閉ざす。
　いつもは煩いくらいのニグレドですら、何も言わない。

　薄ら寒い静寂の中、カサネはなかなか寝付くことができなかった…



　それは先触れ。
　そして、逃れられぬ宿命の一欠片――