今回エルたちはパピヨンと言うエンブリオとの接触に成功した。蝶のような羽をもつエンブリオで、幻覚を見せて苦しめてきた。だが、それもいまやエルたちの手中にある。

「すごい幻覚だったねー。エルは何を見たの？」

　ミズリィはパピヨンの翅をさすりながら話を振ってきた。パピヨンは気持ちよさそうに翅をはばたかせ、雪が舞うように鱗紛を漂わせている。

「そうだね……熊かな。熊がいっぱい波のように押し寄せてきて、熊が口や鼻に入り込んで熊で溺れる所だったよ」

「面白いジャン！　１０点！」

「どこが面白かったのかわからないよ……」

　ミズリィはけらけらと笑う。陽気な少女だ。旅が退屈せずに済む。パピヨンは相変わらず鱗紛を漂わせているが、先程まで襲いかかっていたとは思えないほど大人しく、エルの命令に従う。

「おいで、パピヨン。もう寝よう」

　戦いは夕暮れまで続き、気づけば辺りは真っ暗になっていた。エルは左手の白手袋をとり、指輪を光らせた。宝石などはついていない、金属の質素なリングだ。パピヨンは白い光の糸になって指輪に吸いこまれていった。

「そういうミズリィは何を見たんだよ」

「えへへ、私ねぇ、黒い夢をみたんだ」

「黒い夢？」

「そう、エルが真っ黒になって、他のひともみんな真っ黒になって、私一人取り残されちゃった……そんな幻覚」

　エルは荷物をまとめて、テントの設営を開始しながら聞いていた。ミズリィは乙女だからと手伝わない。エルは、ミズリィの黒い夢に、彼女の不完全さを垣間見た気がした。

「大丈夫、僕はどこにも行かないよ」

「えへへ、ありがとう」

　しかし、その日を最後にミズリィは忽然と姿を消したのだった。