…今回は謎のシスター視線の日記となります。謎のシスターとは、シュガーと同様に死霊を使役する闘法の使い手であり、トロイアの英霊たちを従えて王城側に立って一揆に抵抗しているシュガーさんのライバルキャラクターのことです…。

虚ろな瞳のシスターは王城の一室で書き物仕事に励んでいた。暗い室内に明かりは数台の燭台のみで、シスターはさらさらと書類を書き上げては見直し、使役する亡霊に配達先の言付けを与えて配達させていた。書類は王城側の書類伝搬ルートに乗せられて各方面に届けられる。シスターが王城で関係する活動にしても、一揆衆に荒らされた王城や広庭の修理に必要な資材の手配書、傷ついた王城の守護者達の治療に用いる薬剤の注文書、兵士に配給する食料と物品のリストおよびその配給日時通知書、などなど、シスターの活動は書類によって記録され、管理されていた。王城では何をするにも定められた手順で書類を作成し、上位者の承認が必要とされる。統治のための官僚機構はまだ健在なのである。

シスターは亡霊に届けられた書類にも目を通す。書類の内容は城内に徘徊するゾンビの捕獲計画書であった。それらゾンビを捕獲し、城内の配置な防衛拠点に配置するための計画書である。シスターはアンデットの専門家として書類のチェックを行い、コメントを書き付けては亡霊に言付けて回覧ルートに回す。一揆衆の進行を受けた城では、モノモノしい内容の書類も少なくない。城内にはあちこちでモンスターやらアンデットやらが徘徊する黄泉の国のごとし有り様である。とはいえ、王城側がお金をかけてアンデットを生成しているわけではない。彼らは勝手に湧いて出てくるのだ。シスターの仕事の1つはそれらアンデットの戦闘配置と衛生面での管理である。アンデットが疫病をはびこらせる病原菌を持っていないか、発生ポイントの衛生状態と問題がある場合の対処を行うのだ。

王城内はすでに黄泉の国のごとしである。

しかし、シスターは思う。かつての冥府は官庁のごときものであるし、戦争末期の国家であろうともよほどのことがないかぎり官僚機構までは崩壊したりはしない。敗北するのは軍隊である。経済が周り、納税されて国庫にお金が入り、予算さえ成立すれば、書類も同じように回るというわけだ。

シスターは昼間の戦闘報告について書き上げて伝令の亡霊に手渡して一息つく。給仕の亡霊に指図をして紅茶を持ってこさせる。しばしの休憩である。シスターは昼間の戦闘について顧みる。王城内の暗い大廊下にゾンビの小隊を配置し、進行してきた一揆衆を見事に撃退したのだ。シスターはネクターを保持していない。シスターが行使する魔術はこの世界の魔術システム上では威力が減衰してしまい、耐性のある相手には効果が薄く、エンブリオを保持する一揆衆相手には分が悪いのだ。ゆえに、シスターは城内に出現するゾンビやスケルトンウォーリアーといったアンデッド兵を手懐けて城兵の補充に当て、城内の防衛ポイントに配置を行ってきた。耐久力の高いこれらの城兵を一揆衆の進行にぶつければ、打撃力の弱い一揆衆の進行は妨げることができた。

シスターは紅茶の香りを楽しみつつ、今日はあの男がいたな、と思い出す。シュガーレス・ショーガという怨霊拳の使い手である。平家の怨霊たちに勝利を捧げるために一揆に参加したという男だ。シュガーはシスターが配置した高耐久のゾンビの処理方法を誤り、王城の抵抗を突破できずに引き返して行った。男の悔しそう顔を思い出すと、シスターの顔に思わずも笑みが浮かんでしまう。その笑みと呼応するようにシスターの耳元に、暗闇の彼方から声が届く。彼女に与するトロイア第一の勇士、ヘクトールの霊の声であった。西洋における九大英雄の1人、輝く兜のヘクトールであり、暗闇から低く聞こえるその声は、思慮深さを感じさせる落ち着いた声色であった。

しばしの沈黙の後で、部屋の中に微かに風が吹き、ヘクトルの霊が姿を表した。淡いオーラの只中に、マントを羽織った黒髪黒瞳の凛々しき男性が立っている。深みのある黒い瞳は憂いを帯び、ヘクトルは腕組みをしてシスターに己が守ろうとするこの王城についての懸念を伝える。

シスターは瞑目して頷くも、あなたは相変わらず苦労性だ、と続けた。浮世の常識的に考えれば、政庁に怪物や死体が徘徊しているならば、政務どころではなく、公務員が仕事をしなくなって国が荒れることになるのだが、ここは分割世界なのだ。（分割世界では）既成概念は心の棚に置けとはよく言われること。現にモンスターが城の中を闊歩していようと、王城内の書類は回るし、予算もおりている。いっそのことゾンビに仕事をしてもらうかしら、などとシスターは呟いてみる。ヘクトルはぬぅと唸り、何事かを言いかけたが、では戦況はどうなのか？とシスターに状況の説明を促した。シスターも頷き戦況をヘクトルに説明する。抑揚の少ない淡々とした説明であった。霊を見ることのできない人がその部屋を眺めたら、シスターが1人スピーチの練習をしているように見えただろう。

一揆衆は王城の大廊下第三階まで進行している。この進行自体にはさして懸念点はなく、もとより、王城側としては城内深くまで敵の侵入を許し、城内のモンスターで敵勢力の減衰を図る作戦だったからだ。問題は、一揆衆の勢いは日毎に増大しており、彼らの力が王城が誇る守護者達、そして王城最強の存在である王を凌ぐかどうか、なのだ。

ヘクトルの問にシスターは一拍をおいて応える。

シスターは机の上の書類を片手に説明を続けた。一揆が始まって今日までに一月程度の時間が経過している。シスターが収集した一揆衆の兵站に関する情報を分析した所、一揆衆のネクターの供給力は一揆が始まってから50日から60日で限界が訪れる。ネクターの枯渇は銃弾や刀剣の枯渇に等しい。その期間を超えて一揆衆が進行することは難しく、他の多くの分割世界の紛争もだいたい50日を区切りに攻め手あるいは守り手のリソースが現界を迎え終局を迎えているのだ。一揆衆の補給の限界点まで城を守ること、あるいは王を隠し続けること、それが王城の守護者の勝利条件である。

ヘクトルの霊の言葉に、シスターは静かに頷き、それは明日かもしれないと呟いた。その声はヘクトルに届いたかは定かではなく、１人彼女は呟いたのだろう。

…一方そのころ、シュガーさんはというと…

ゾンビと引き分けたことを安徳帝の霊に怒られていた。

ケロリとした様子のアニマ、怒ったり嘆いたりと騒がしい安徳帝の霊、情けないぜとうなだれるシュガー、と、浮世にあの世にメルンテーゼの三界三者三様のありさまであった。

シュガーは最近無口なパーティメンバーのことを心配しているようだ…

シュガーは怨霊と会話をしているようです