青碧のオーラを纏うセーラー服姿の機関銃を抱いた少女は、
陰鬱とした表情のまま、片方の瞳をこちらに向けている。
気配も感じないその存在に突然の虚をつかれ、4人は動けずにいた。

「以前こちらが召喚した時には口を開かなかったが、話す事は出来るんだな。」

警戒を解かぬまま、コトブキが牽制を入れる。

「会話する時は他のエンブリオの口を借りるの。
　私自身は人間と直接会話する手段を持たないから。」

さほどの興味もなさそうに、少女は呟いた。

「それよりさ、どうして国王に味方することになってるの？契約違反だよね？」
「契約違反？」
「そう。国王を倒す事を条件に、この『干渉者契約』を結んだの。
　知らないとは言わせないよ？ちゃんと呪の中にもあるんだから。」

その言葉を聞いて、コトブキはミハイルに目配せをする。
ミハイルは慌てて首を振った。

「『楽園と力と栄とは　限りなく汝のものなればなり』。
　簡単に言うと、私達にとって楽園と力と栄を保障するネクターは独占されるわけにはいかないの。
　あの国王、邪魔なんだ。」

この少女は以前、『無貌の蒼頭』を召喚しようとして喚んだ事がある。
恐らくは彼女――つまるところの『無貌の蒼頭』にとって
ネクターはかけがえのないものらしい。
エンブリオの生命線なのだから無理もないか、とコトブキは感じた。

「辺りのネクター生息地にみんな手が入って、
　同胞を切り崩すしかないかなって途方に暮れていた時に人間の男から連絡があったの。
　『干渉者契約』はまだ可能かどうか、答えを示して欲しいって。」
「連絡、ですか……？」
「基本的に聖職者とは今も昔も連絡取れるようにしてるの、全くないと困るから。
　それで国王を倒す事を条件に、『干渉者契約』を了承したわけ。」

『無貌の蒼頭』は淡々と語る。
ミハイルは顔を強張らせ、コトブキは険しい顔つきをしている。
あとの2人は明らかに怯えながら、話を聞いていた。

「折角うまく雰囲気に乗せて、革命戦士として『干渉者』という英雄を与えてやったのに、
　その英雄が国王倒すのは様子を見ろとか訳分からないし。
　だから余所者のくせに肩入れするなって警告しておいたの。」
「人に進言する時は、相手の名誉くらいちゃんと守ったらどうだ。」

コトブキの声など耳に入らぬとばかりに、『無貌の蒼頭』は続ける。

「『干渉者』が本来持つエンブリオは、
　『召喚者』の持つエンブリオの方が優先されて普通は出てこない。
　口伝人形としてはうってつけだから、私の摂行として使うことにしたんだ。
　まぁそれは兎も角。」

少し間を置いて、『無貌の蒼頭』は涙目になっている男と少女に向き直った。

「ねぇ、国王を倒さないなら力を貸す義理なんてないんだけど、契約切ってもいいよね。
　今まで費やした生命力、全部回収させてくれる？」

イネッサの肩がびくりと震えた。
皆はこの生命力を回収するという言葉の意味を正確に計れずにいた。
　
◇◇

「……生命力を回収？どういうことだ？」
「僕だって初めて聞きましたよ！？契約を切ったら何が起こるんですか！？」

ミハイルは激しく動揺している。
その様子を眺めていた『無貌の蒼頭』が軽く息を吐いた。

「『召喚者』の寿命を対価に『無貌の蒼頭』と契約し、自分より強い英雄『干渉者』を召喚する。
　エンブリオの成長など『干渉者』の力の維持も『召喚者』の命によって行われ、
　解約によって一気に必要分のコスト、つまりは生命力を支払う。」

凍りついた空気の中、細々とした『無貌の蒼頭』の声だけが通り過ぎてゆく。

「『干渉者』を使役するには、
　通常のエンブリオとは比べものにならない莫大な生命力を必要とする。
　参考までに言うけど、
　そっちの一人目の『干渉者』を今すぐ解約すると50年ちょっとの寿命、
　二人目の方は『干渉者』の短縮成長も呪に組み入れているから、
　70年と少しの寿命をもらうことになるね。」

『無貌の蒼頭』は表情を崩さない。
恐怖で耐えられなくなったのか、イネッサからは悲鳴混じりの嗚咽があがる。


「それが貴方たちがやっていた、『干渉者契約』よ。」


放たれた一言に、口が乾くばかりでなかなか言葉が出ない。
淀んだ空気があたりを包んだ。

「な、70年だなんて！そんなの、生きてるわけないじゃない！！」
「だってもともと複数で契約する事を想定しているもの。
　何十人もの人間がひとりの『干渉者』を召喚し、
　『召喚者』全員で生命力の負担を負いながら局地的な戦いに『干渉者』を投入する。
　そういう力無き者のための生活の知恵なんだって、『干渉者契約』ってやつは。」

絶望的な状況の中で自分の命しか差し出す物がなく、
それでも何とかして戦いたいという民衆が編み出した最後の戦法。
環境が厳しいオブドルスク領が生み出した、過酷な遺産といえよう。
命の重さを考慮しないなら、ほぼ元手はゼロで大きな戦力を得ることができる。

「一応連絡を取ってきた聖職者に聞いてみたんだけど、
　『召喚者』は一人で何も問題ないって言うし。
　『召喚者』一人だけで契約だなんてやった事ないけど、別にこっちは構わなかったから。」

その言葉を聞いて、イネッサは狂ったように泣き叫び始めた。
死の恐怖に加え、信じていた人間に裏切られていたという絶望が
彼女の最後の自尊心を打ち砕いたのであろう。

ミハイルも顔面蒼白であったが、
目の前で狂乱しているイネッサを見て口を開けずにいた。
誰かが錯乱していると、不思議と自分は冷静になれるものだ。

「いやぁ！私達は本来50歳もなかなか生きられないのよ！？
　死ぬのは嫌……死ぬのは嫌ぁ！！」
「そんな事言ったって、それが元々の契約なんだもの。
　聞いてないとかそういう事は、取次ぎした人に言ってよ。こっち関係ないし。
　とりあえず国王倒さないなら契約違反だから、解約するからね？」

『無貌の蒼頭』はとりあえず、それだけ言って静観の構えを取る。
恐怖で声すら出ないミハイルを見ながら、
この絶望をどう切り抜けるかコトブキは思考を巡らせていた。
　
◇◇

目の前の争点は、イネッサの『干渉者契約』を解約するかどうかだ。
ここまでの話の流れからすると、
おそらく『無貌の蒼頭』には『召喚者』の了承を得ずとも解約する事が出来るらしい。
イネッサの話であって、一揆に所属しているミハイルの話ではない。

ただ解約の対価は、ミハイルも必ず支払わなければならない。
現段階で50余年、以前話で聞いた限りでは恐らくミハイルの寿命を上回る年数だ。
このままではミハイルはコトブキを解約した瞬間に死んでしまう。

「少し聞きたいのだが、『干渉者』を解約する事はいつでも可能なんだろうか？」

イネッサが落ち着くまで待っていた『無貌の蒼頭』は、
意外な所からの問いかけに少し瞳を見開いた。

「うん、『召喚者』が望めばいつでも大丈夫。
　呪だけ唱えればいいから、あとは何も必要ないよ。
　勿論、『干渉者』およびエンブリオに注いだ生命力は回収させてもらうけど。
　自分の寿命で足らなかったら、近しい家族から支払ってもらう感じ。」

家族の命を絞ってでも必要分を回収するか、マフィアも形無しだな。
そんな感想を持ちつつ、コトブキは状況を整理する。

今すぐここで『干渉者』を解約すれば恐らくミハイルは死亡してしまうが、
このまま契約を続ければ、引き続き『干渉者』に生命力は費やされていき、
いつか支払わねばならない解約の対価は膨れあがってゆく。
新たに生命力を得ることができない限り、ほぼ詰んでいる。

解約時に『干渉者』およびエンブリオに注いだ生命力は回収させてもらうと言っていた。
ということは、『召喚者』から注がれた生命力は、
『干渉者』とエンブリオ、2種類に振り分けられているのだろうか。

「『干渉者』およびエンブリオに注いだ生命力、ここの部分をもう少し説明してもらえるか？」
「『干渉者』と契約する時に注いだ生命力は、必要のない時は『干渉者』の中に蓄積されてるの。
　エンブリオに注がれた生命力を消費して力を借りるってのは、
　このメルンテーゼに住まう皆々と仕組みは一緒。
　エンブリオには生命力が必要だけど、『干渉者』は契約の維持以外は必要ないし。」
「まぁ、食べるものも何やらも全てこちらの人間と同じだからな。」

相槌をうちつつ、コトブキは少し引っかかるところがあった。

「『干渉者』の中にある生命力は移動できるのか？」
「基本的に『干渉者』の中の生命力は動かせない。消滅した場合は別だけど。
　『干渉者』ってこの世界の住人じゃないから、形式的には死ぬ事なんてあり得ないんだけど
　『干渉者』と『干渉者』が争った場合は消滅という形で死ぬことがあるの。
　向こうの世界でも存在が消える、存在が無かったことになるから
　消滅した『干渉者』の生命力は一時的に生き残った方に移るみたい。
　これずっと前に解約した時、確かそうだった記憶がある。」

存在が消滅するなどと、恐ろしい事をさらっと口にするんじゃない。
コトブキは心底そう思ったが、貴重な情報源の機嫌を損ねたくないので黙っておいた。
恐らくは、突破口はここしかない。

唯一消費されていない生命力を得る事が出来る可能性。
それは、他の『干渉者』の中の生命力を奪うこと。
対価以上の生命力を保持できれば、ミハイルは生き残る事が出来るかもしれない。
そんなものは関係なく取り上げられてしまうかもしれないが、
このまま黙って死ぬよりはずっと有意義だとコトブキは考えた。

もし交渉に応じなければそれ相応の用意がある。
そのための準備も怠らずにやってきたつもりだ。

そのためにはまず、隣の『干渉者』を手にかけなければならない。
どうしようもなく愚鈍で傲慢で少女すら手にかけるこの詐欺師を。

――命令を受けずに人を殺すのは、始めてか。

銃を持つ手が震えるのが分かった。
全ての人間を救う事が出来る魔法など、そう都合よくは存在しないのだ。

「『無貌の蒼頭』よ、裏切り者を止めたいならば解約よりもいい方法がある。
　この『干渉者』を消してしまえば全て無かったことになる、そうだろう？」

コトブキの澄んだ声は静寂をもたらした。
ミハイルは、信頼していた『干渉者』が発した言葉をまだ受け止められずにいた。


To Be Continued......