(※一揆本編の日記とは時系列に多少ズレがあるお話です)

「――？
　ああ、彼女から……？」
携帯の着信に気付いてみてみると、
そこにあったのは伊賦夜魅月の名前があった。
先日、夏休みを利用して暫く異世界に渡るから、
何か仕事があってもお断りといっていた彼女。
こうして連絡を入れてくるという事は、
彼女の事だ。
恐らくは、
こちらと向こうの時の流れについての確認だろう。
余りに長期に時間を空けるとすると、
こちらの予定にも影響が多く、
彼女の予定というものもある。
お互いにとって大切な情報であり、
確認事項だ。
「……魅月さん。
　こちらではまだ３日程経過しましたが、
　そちらではいかほどですか？」
『……あら、まだそんなものなのね。
　こちらでは２０日経過したわ。
　――どうやらこの世界の方が歩みが速いようね。
　とはいっても、いつ反転するかは分からないけど、
　可能性は……低そうね。
　また大きな出来事があればといった所かしら。
　大きな変動なくして、
　時間経過についてズレが生じる事は滅多に無いし。』
だが、しかし――
だがしかしだ……
どうして……
「………２０日経過してから連絡したんですか？」
そんなに時間が経過してから連絡をしてきたのか。
普通はもっと定期的に連絡をいれてくるものだろうと思う。
いつも彼女はそうだ。
思い出したかのように連絡をしてくる。
その割に――
今だ時間の関係においてこちらにとっては最適のタイミングの連絡をしてくる。
『あら、だって……
　そちらで大体４日前後だと思ったからに決まってるじゃない。
　この世界の時間の歩みが遅いのは、
　最初から分かってたのだし。
　最悪時間が歪んでも１ヶ月くらいを想定してたわ。』
「分かってた……
　とか想定してたっていうけどねぇ。
　……もし外れてたら……」
『もし、なんて私にはないわ。
　もしもがあったとしても、
　もしもをひっくり返す相手を見つけて、
　道理を蹴っ飛ばせば良いじゃない。
　必要でないならそんな事する必要もないし、
　その想定外を十二分に楽しむけど。
　……本当の本気で必要な事であれば、
　手段を選ぶつもりも、
　惜しむつもりも全くないわ。
　そして……
　ここでは、その手段を使える相手は必ずいる。
　――数多の世界の人間が集う場所ならではだけど、ね。
　……ま、兎も角連絡はいれたから。
　思ったより早く帰れるかもしれないわね。
　楽観視はできないけど。
　私からそんな所かしら。
　そちらからは何かある？』
彼女と話していると、
苦笑しか浮かばない。
有能で頼もしい事この上ないのだが、
どこまで先を読んで、
どこまで分かっているのかがサッパリ読み取れない。
見た目は高校生くらいの少女だというのに、
やはり年期を重ねてあるだけの事があるのか、
彼女の性格によるものか、
はたまたその両方なのかは分からない……
いや、恐らくは両方なのであろうけれど。
「……私からの話なんて、
　君なら大体分かっているのではないですか？」
少し嫌味を込めて返す。
すると、彼女はクスクスと笑いながら、
『それでも、言うのが貴方の仕事でしょう？
　杜撰なのはよくないわ。
　それになれても良いのでしょうけど、
　私に全ての主導権を握らせたらお終いよ？
　私の好きなようにされて貴方は解雇。
　違うかしら？』
私に対して指摘してくる。
本当にやり難い上この上ない。
だが、そう言われてしまっては、
こちらもきっちり職務を果たすとしよう。
「――さて、休暇としていってるわけだし、
　こちらとしても別段無視してはいいが、
　折角だからね。
　有給休暇というか、
　特別任務という事で、
　そちらの状況その他情報、　
　資源を送ってもらえると助かるかな。
　いつも通りとはいえ、
　適正がある人間が少なく、
　無茶が効くのは君くらいだ。
　そんな君が異世界にいく機会は無駄にしたくない。
　イエスか、ノーか教えてくれないかな。
　どちらを応えても構わないよ。
　元より君の私用に乗っかれればいいなくらいの認識だ。」
ストレートに嘘偽りなく用件を述べる。
誤魔化しや嘘を交えた所で、
ばれる危険性が高く、
また、彼女の性格や危険性を考えてなのか、
彼女を最初に保護した人物から、
そうであるように厳命され、
それが事実である事を痛感させられ、
未だにそれは深く根付いている。
『そうねぇ。
　ノーと答えても良いんだけど、
　イエスでいいわよ。
　別にそれくらい手間じゃないし。
　ただ、分かってると思うんだけど、
　私は安くないわよ。
　どういう意味で安くないかはいわないけれど。
　――ま、一応いくつかの資源は其方に送ったわ。
　情報とかは後で纏めてレポートにして提出するけれど。
　それで……
　何か他にあるかしら？』
「ああ、受けてくれるなら、それでいい。
　出来れば情報の一つや二つはすぐに欲しい所ではあるが……
　こちらの判断材料にもなる訳だし……
　が、まぁ、君なら何が必要かそうでないかを把握し、
　君の判断で十分だろう。
　君が情報を隠すとすれば、
　それはこちらが得てはいけないと判断した情報だろう？
　……
　君を信頼するよ。　
　信頼するなんて使ってはいけないのだろうけどね。
　国としては。
　だが、君は国と協力関係であってはいても、
　国に従っている訳じゃない。
　それ以上の事は求めてはならないし、
　求める事を強制して、
　君と敵対する方が損だからね。」
きっと、私は苦笑いを浮かべているだろう。
一筋縄ではいかない。
でも、彼女は請け負った。
その対価も払うのは容易い事ではあるが、
その奥にはもう一つの言葉がある。
自分を裏切るな。
私が言う事を聞いているのだから責務を果たせ。
と。
『そ。ならいいわ。
　こちらは自由にやらせてもらう。
　仕事と私用を両立できるなんて、
　本当についてるわね。
　――
　貴方も仕事は楽しまないと損よ？
　それと、早く彼女の一人でも作ったらどうかしら。
　――仕事が恋人ならそれはそれでいいけど、
　なんとなくそのうち胃に穴が空いて大惨事になる気がするわ。
　まぁ、私は別に痛くはないのだけど、
　貴方以外の誰かにかわると、
　引継ぎも上手く出来ないでしょうし、
　面倒なのよね。色々。
　やはりある程度気心がしれた相手じゃないとね。
　お互いにとってもよくない結果にしかならないでしょう？』
大きなお世話だ、
と言いたくなるのを辛うじて抑える。
痛い所も突かれた所もあり、
非常にきまりが悪いが、
それは誰のせいでもなく、
自分の身から出たら錆。
そして、確かに、自分以外にも彼女に接触し、
交渉できる人間はいる。
だが、そういった人物の大半は、
自分のように彼女優先で動ける訳ではない。
だが、気まぐれな彼女と向き合い、
連絡を取るという事は、
彼女を優先できる重要度の仕事を任され、
彼女からの連絡等があればすぐに動ける、
必ず自分のような人間が必要だ。
そして、彼女に関わるものは重要性が高い。
彼女の優秀さ……否、
それもあるが、
この世界には表に出してはいけない裏がある。
所謂オカルトと呼ばれるもの達。
彼女はそんな中で、
人に紛れて暮らし、
人と変わらず接する事が出来、
こちらが裏切らない限り裏切らず、
言葉で解決できる存在だ。
そして、
彼女をどうにかする事は不可能だ。
どんな殺し方をしても蘇り、
コンクリートで固めて海に沈めても戻ってきたという結果もある。
実質的に彼女は殺す事は不可能。
彼女自身は人並みの力しかもっていないが、
彼女には不可思議な力がある。
指を鳴らすだけで他者を発狂させ、
操り、
物理的に引き裂く事も出来る。
確かに。
確かに我らの方が強大で、
彼女は個人。
知らねばどうとでもなると考える人間もいるが、
それは大間違いだ。
彼女の事だ。
敵対者だけを破滅に追いやるだろう。
どんな手を使ってでも。
そして、こちらが味方である限り、
その恩恵は私達にもたされる。
諸刃の剣。
故に……彼女を軽んじる相手を彼女と交渉、
連絡する役にはつけれない。
彼女を利用しようという輩も同じ。
彼女を利用できないとはいわないが、
失敗した時のリスクが大きく、
後で気づいた時に彼女がどうでるかは考えたくもない。
まるで劇物を取り扱っている気分……
それが、私が彼女に当初抱き、
今もなお抱いている感情だ。
……もっとも、当初はもっと別の感情の方が強かったし、
その感情は今もなお多少持ち合わせてはいるのだが。
「そうですね。
　せめてサポート付きで一月か二月くらい私が傍にいて、
　貴女について色々知って、
　その上で感じて貰わねばならないでしょう。
　そして、それに足る人材かを確かめるのも加えれば、
　すぐにとはいきませんね。
　要請はしているのですが、
　中々良い人材というのは見つからないもので。
　常識人が多いですからね。
　貴女はとても特殊ですから。
　化け物と相対するより貴女と敵対する方が嫌なくらいには。
　どうにかなりそう。
　でも絶対にどうにかなる訳がないというのは、
　そういう事です。」
『……こうして私と相対している時は常識人で、
　普通な印象を受けるけど、
　貴方も大概変わり者だものね。
　べっつにそんな丁寧な物言いしなくても、
　普段通りでいいのよ？
　丁寧な喋り方しないでも私は気にならないのだし、
　友人同士みたいな会話のノリで。』
「お断りします。
　この喋り方でも十分友達づきあいは出来ますし、
　私は嫌じゃありませんので。
　――全く、分かってるでしょう。
　こうやって丁寧語で喋ってるのが貴女に対する最大限の礼儀であり、
　嫌がらせだという事を。
　やられっぱなしは性分じゃないので、
　これくらいは良いじゃないですか。
　これくらいで怒ってどうこうしたりするほど、
　貴女は安くはないのですし。」
『……ふふ、本当に言うようになったわね。　
　初対面の私をいきなり口説いて来た時とは大違いよね。
　――あの時は本当に情熱的だったわよねぇ。
　今でも目を閉じれば思い出せるわ。
　……それを考えると少し寂しくはあるわねぇ。』
「分かってていってますよね？
　挑発してもひっかかりませんからね！？
　全く。」
『残念ね。
　まぁ、何かあったり、
　喋りたくなったら連絡いれるわ。
　その時はお願いね。
　ああ。デート中の時は出なくていいわよ。
　出なかったらデート中だって思っておくし。
　それじゃ、またね。』
そういって彼女からの通信が終わる。
「フー……」
思わず出る溜息。
彼女は私の事を親しい友人だと思っている。
それ以上でもそれ以下でもないが……
「……ああ、もう……」
思わずため息が出る。
彼女にとって私はそれ以上でもそれ以下でもない。
そして、
私もまた彼女に踏み込む事は出来ない。
出来はしない。
私がこの仕事を続ける限り、
私が意地を張り続ける限り。
そして、そうであるが故に、彼女はいう。
自分に囚われ続けるなと。
囚われたのは彼女のせいではなく、
自分の問題だ。
だからこそ、
彼女は積極的にこちらには干渉せず、
自分でどうにかしろと投げてくる。
「――当たり前で当然だけど、
　それが一番つらいってのにねぇ……
　……このまま生涯諦めないでやろうかしら……」
思わず素に帰ってぼやく私。
「惚れたら負けとは良くいったもんだけど、
　自分が……とは予想外よ……
　あの子にそんな感情を抱くなんて、
　普通じゃありえない気もするんだけど……」
私も本当に変わり者だと、
静かに笑う。
ここに他の人が居なくて良かったとおもいながら。
「さって、仕事仕事。
　いつまでもこんな事してたらいけない。
　私らしくない。
　――精々しっかり仕事をこなして驚かせてやりましょ。
　私に出来る事なんてこれくらいなんだし、ね。」
気合を入れる。
やる事は山積み。
――いつまでも自分の感情に浸ってはいられない。

「これで、よし。
　連絡は終わりね。」
通信を終えて、
向こうは向こうでいつも通り、
元気に仕事に励んでいるようで何よりだと微笑なが
もう少し時間をあけていれば、
何か面白い事があったと思うと、少し残念だが、
どれくらい向こうで時間が流れているかは、
確実には分からないし、
仕方のない事。
それに何事もないならそれはそれでいいだろう。
ただ少し私としては退屈というだけで。
――そして、私が退屈しない状況というのは、
起こったら起こったで私が関われない以上、
面白くない結果で終わる可能性も高い。
……まぁ、それならそれで私は楽しむのだけど。
「それにしても、ほんと変わり者よねぇ。
　私の何処がよかったのかしら。」
ま、考えても仕方ない事よね、と。
私は携帯をしまう事にした。

己は黒猫が在籍した場所に居ると伝えれば、今必要な用件は全て済んだと去ろうとし。