とても難解な本で、私は読むのを止めてしまった。
　まだ私が習得していない異国の言葉。哲学的とも言えるその内容。元々興味など無かったのだ。
　読めなくとも困りはしない。寝台の上に横たわったまま本を床へ放り投げる。私の聖域から追い出すように。
　私はなめらかなシーツの隙間に潜り込んで眠った。深い眠りだった。私は彼の夢を見た。
　目覚めてからしばらくの間、瞼を閉じて息をひそめた。そうしていると、ここが夢の続きのように思えた。
　数分が過ぎ去った後、ゆっくりと瞳を開く。
　私の中のつめたい部分が、自分自身に語り掛けてくる。いつまでも、夢を見ているわけにはいかないでしょう？
　起き上がって寝台から離れた。寝る前に捨てた本が床の上で背表紙を上に向けている。
　フロレンスの残していった本。
　私という生徒のための教本。
　これを見る度に囁くのだ。私の頭の中で、無表情の私がこう言うのだ。
　私はひとりじゃ、生きていけない。


　窓の外を、エメラ姉さまの馬が駆けて行った。

ニホンゴジャナイトワカラナイ。
ええと、と戸惑ったように首を傾けて。

男なんだな、と繰り返して頷いた。うん。