■ 狛犬神社

「こいつァ参ったね」と呟いたのは我らがマニー親分。
悪人でも化け物でも何でもござれの親分が弱音を吐くとは一大事だが、
周りを見てみると今回はどうやら事情が違うらしい。

親分は鞭を構えて薄暗い洞穴の中に立っている。
その穴の出口では、でかい石の塊のようなものが立ち並んで通せんぼをしていた。



事の発端は矢っ張り乾分のハチベだ。
親分たち一行がお城の庭にある荒れ地を調べている時に、変なものを見つけたと言ってきた。
この荒れ地は元はお城の侍が修行を積む稽古場のようなところだったらしく、
所々に古びた武器や鎧の欠片なんかが散らばっている。

「稽古場だったのなら、勝負事の神様が祀ってあるのかもしれませんよ」
と、ハチベが言うにはこの荒れ地の隅っこに何かの社があったということだ。
「折角だから一揆の成功を願掛けしちゃどうです」と、また余計なことを言う。

「莫迦、お城の神様に一揆の願掛けをしても始まるめえ」と親分。
だが、この辺りには他にめぼしいものも無さそうだ。
「ま、願い事はともかく、調べるだけ調べてるみるか」と思い立ったのが拙かった。


ハチベが見つけたお社は、荒れ地の外れ、裏山の手前の崖下にあった。
一寸見たら何だか判らねえが、どうやら鳥居の崩れたようなものもある。
奥には山肌に穴が空いて祠のようになっているので、中にご神体でもあるのだろう。
ただ奇妙なのは、その祠までの道に何体もの狛犬が置かれていることだった。

「他の物に比べて、この狛犬だけやけに湿っていやがるな」と親分は観察する。
確かにこの荒れ地では大体の物が乾いて崩れているのに、
狛犬だけは水でもやっているかのように湿って苔が生している。
「材質もこの辺りの石じゃねえようだし、何か意味があるのかもしれねえな」と親分。
「もしかしたらこの狛犬がご神体ってことなんじゃないですかね」とハチベ。
「そんな神社は聞いたことがねえぜ」と親分もはっきりしない。

さておき、肝心の祠の中はどうなっているのかと一行は進んだ。
薄暗く狭い道を角燈の灯りひとつで進んでいったのだが…、

「なにもねえな」と親分。
一行は祠に入ってすぐの突き当たりで壁にぶつかってしまった。
「ご神体も賽銭箱もなさそうだ。どうなっていァやがる」と首を傾げる。

これは無駄足だったかと引き返した親分たち。
だが、出口まで戻ったところで、この神社の意味がようやくわかったのだった。


「親分、あれぁ何でしょう」と出口を顎でしゃくるハチベ。
見ると、さっきまでぽっかりと空いていた出口の穴に黒い影が差している。
「あいつは、さっきの狛犬けえ？」と親分も驚く。

そう、ただの石像かと思っていた狛犬がのそりと動き出して出口に立ちはだかったのだ。
それも一匹ではなく、後から二匹三匹と連なってあっという間に出口は塞がってしまった。
「成る程なァ、巫山戯た真似してくれるぜ」と言って自慢の鞭を取る親分。
しかし、ここに大きな誤算があった。
「エッ」と気合を入れて狛犬に振るった鞭が、容易く弾かれてしまったのだ。

如何に化け物退治をしてきた親分の鞭も、固い石が相手では分が悪い。
思わず親分が「こいつァ参った」と呟いたのも無理からぬ話しだ。


こうして洞窟に閉じ込められた親分たち。
狛犬どもは噛み付いたりはしないが、このままでは兵糧攻めでやられてしまう。
またもや窮地に陥った一行。親分はどのような手を打つのだろうか。

と、何やら考え込んでいた親分が後ろを振り返った。
「こうなったら仕方ねえ、サキチ、コユキ、ちぃっと力を貸してもらうぜ」
と呼んで出てきたのが火とかげと雪だるまのえんぶりお。

「石だったらこいつには弱えだろう？」と言ってにやりとする親分。
その両脇には熱く燃えるサキチと冷気を纏ったコユキが狛犬を見据えていた。