例のごとく、PTのキャンプ地から少し離れたところでいつものようにのんびりしていた。
PTでの時間は大事だが、こういった一人の時間があってもいいと思う。
とはいえ、近頃はエンブリオたちが騒がしくてのんびりなどしていないのだが。
そこでふと、今日は静かだということを改めて感じた。

水辺へ森へ砂漠へ地下へと、東奔西走とはこのことだな。
久しぶりに穏やかな平原へやってきたのだから気が緩んでいるのだろう。
戦闘がないわけじゃないが、やはり気を抜いても戦えるような相手ばかりだ。
・・・いや、油断は禁物なんだろうけど。

こんなまともに文章を書くのも久しぶりだな、とも思い、さっきから久しぶりだとかしか書いていないことにも気づいた。
小学生の感想文にしかならないな。

声に出して悩んでみる。なんとなくだが、声を出すと頭が活性化して新しいことに気づいたりできる気がする。
まぁ誰が聞いているわけでもない。仮に聞いていたとしても案をわけてくれるだろうし。
というか聞いているとしたら自分のエンブリオか、こっちにやってきたPTメンバーの誰かだろう。

・・・聞かれてしまっていたか。じゃぁ折角なのでここは書くのをやめておこう。
案をもらおうとも思ったが、書物のネタをもらうなんてなんか恥ずかしいじゃないか。
あれ？そういえば、誰の声だったか？

振り返り、そこにいたのは予想していた人物ではなかった。
明確に誰と予想していたわけではないが、知る人物の中から誰だろう？と思うだけだったのだが。


初老の男性。
背はそれなりに高いが、平均的かやや高いか、といった程度。
ローブを着ている。あちこち擦れてはいるがボロボロといった雰囲気ではない。
フードがついていたが、被っているわけではない。髪は暗めの赤。

回答を期待しているわけではないが、とりあえず聞くものは聞いておく。
敵意のあるものでなければ、答える可能性は高い。
一揆軍における「敵」とは王国側に仕える兵士やそれに準ずる者。また一揆軍の中には同士討ちを好む人もいると聞く。

何度かと言うのであれば覚えていそうなものだ。
そういえば近くにいるというのに足音も気配も感じることはなかった。集中していたからという可能性もあるが。
知り合いならば草原でわざわざ忍び足で近づく必要はないだろう？
ああ、そうか。前にも確かに何度かあった。

メルンテーゼへ飛ばされる前、後、今。3度も気配を消して近づいてきた。
にも関わらず、先手をとって攻撃をしてこない。どうにもよくわからないやつだ。
そうだ、名前すらも知らないやつだったな。謎の男とでも呼んでやればいいのだろうか？

なんだろうか、どこかで聞いたことがある。
最近ではない。メルンテーゼに飛ばされる以前だと思ったが・・・。
討魔士の一人か？だとすると全ての名前を覚えていなくても、聞き覚えくらいある人は大勢いるはずだ。
いやいや、そんな曖昧な感じではないのだが。はっきりと聞いた覚えがあるのだから。

随分と勝手なやつだ。追ってきて、世界すっ飛ばして、目的が消えたからもういい？一人は残念だった？
急に饒舌になったと思えばこれか。人間ってやつはこういうものばかりなのか。
元々人間で、人間としての尊厳は持っていようと思っていたが、魔族のほうがマシかも知れない。

銃を引き抜く。
相手が杖を構える。
と、同時にリュートの右足に火が付いた。一瞬、うろたえた。
そのまま銃を構え、照準を頭にセット。
構えただけで今度はリュートの左足を凍らせた。

そうか、得物は杖だったか。そういえば魔法攻撃をしてきていたな。一度も杖を使っているところを見た記憶はないのだが。
ある程度の鍛錬を積んでいれば杖のような補助具がなくても魔法は発動可能だ。それに類する補助具を持つ場合が多いが。
自身も素手で魔法を使うことは出来る。どうしても制御が上手くなかったり、攻撃系でいえば威力が低くなるが。
そんなことはいい。やつは素早かったはずだ。こんなことを考えている場合ではない。

表情を変えずに引き金を引いた。
矢のような形に生成された青白い魔法が、リュートを目がけて飛んでゆく。

何か言いかけたような気がした。
が、リュートは避けることもなくそのまま魔法が直撃。小さな炸裂音と共に地面に伏し、同時に火も氷も消えた。
避けれなかった？
確かに足止めはしたが今までの振る舞いを考えても、当たるとは思っていなかった。
様子を伺いながら、倒れているところまで行く。

脈はない。人間であればイコール、事切れているということ。
ふと、首元に刻印を発見した。

それを発見した直後、死体は刻印の名の通り、灰になって散ってしまった。
灰の刻印は、いわばドーピング。どんな死にかけの状態でも正常な体調状態に戻ることができる。
ところがそれは一定期間。期間が過ぎると突然灰と化してしまう。つまり強力な延命手段といったところ。
もちろん、通常通り別の要因によって死んでしまえばそこでも灰になる。
なぜこんなものを。
初めて出会った時期から考えると、今倒していなくてもあと数日の間には灰になっていただろう。

そういえば、最後の言葉は・・・「リラ」と言ったか？
偶然だな。そんな偶然があるものか。
いや、この男。リュートと名乗った。思い出した。いや、これも偶然だろう。

父は物心付く前にはいなかった。
遠くで仕事をしていると聞かされていたが、こういうのはよくある、死んだことを伝えられないための嘘、だと思っていた。
連絡がくることもなかったし、話題になることもなかった。名前すら覚えていなかった。
優秀な討魔士がいたが、任務に失敗したことがきっかけに失踪。
そんな話を聞き、調べたことがあった。そういえばその名がリュートだった。
遠くで仕事、任務の失敗、失踪、灰の刻印。何かが繋がったような気がした。
じゃあ追っていたというのは？本当は倒す気なんてなかったんじゃないか？
そういえば、飛ばされる時・・・経験のためとかって言っていた。それは僕へ宛てたものだったのか？
しかし、繋がったように見えたそれは、全てが終わったあとだった。

――今の自分にとっての日常は、何も変わっていなかった。
騒がしくて、ちょっとだけ気の利かないエンブリオたちがいて、疲れるんだよな。
新しいものも色々ある中で、古い縁に切りをつけただけだ。
やれることをやろう、そう思い直した。



―――――おわり。つづきません。

怪しい姿をした人が立っている