■ 踊る骸骨

「この辺りは平和ですねえ、親分」とのんびりしているのは乾分のハチベ。
お城の中で怪しい離れを見つけて乗り込んだのだが、相変わらず呑気にふわふわと浮いている。
「これまでがおかしかったんだ。これくらいが丁度好いぜ」とマニー親分も頷く。

「そこでね親分、ちぃっとあっしが芸をお見せしようと思って」とハチベが急に胸を張る。
「随分と大きく出たな。おめえに芸事なんかわかるめえ」と親分はあしらう。
「ところがどっこい、あっしの一世一代の大見せ物ですぜ」と食い下がる。
「ふん、それで何をやろうってんでえ」親分も一応は聞いてみるようだ。

ハチベは離れの暗い廊下の先を顎でしゃくった。
「さっき調べた時にこの先に行き倒れの骸骨があるのを見つけたんですがね」
「お城の中に行き倒れもあるめえ、納骨堂かなんかじゃねえか」と親分。
「いや、そんな大層なもんじゃありませんよ、とにかくその骨をですね」
とハチベはここでいったん勿体振って、一呼吸。
「その骨を、あっしが踊らせてみせましょう」


行き倒れの骸骨は、確かにその廊下の先にあった。
化け物がうようよいるお城でも流石に骸が晒されているのはおかしかろうと思うが、
「さあお立ち会い、今からあっしがこの骸骨に命を戻しましょう」
とハチベは気にせず、それにやたらと上機嫌だ。

「まあおめえがそこまで言うなら何かあるんだろう、やってみな」と親分。
「それではご覧あれ、ソレッ」とハチベが気合を入れると、
「………何も起こらねえじゃねえか」

「あれ、おかしいな」とハチベは焦ったように骸骨を見る。
「ちょっと調子が悪いみてえで、もう一度、エイッ」と何とか気合を入れる。
だが、当たり前といえば当たり前だ、骸骨はぴくりとも動かなかった。

「おい、もういいぜ、ハチ」しばらくして親分が静かに、だが凄みのある声で言った。
「暇だとはいえ、何をするかと思えば仏様を玩具にしやがって」
と、普段はほとんど見たことがないような怒り具合だ。
「いや親分、こんなはずじゃないんですがね…」とハチベも焦って取り繕う。
「言い訳はいい、見損なったぜ」しかし親分は聞く耳持たない。
「今からおめえとは親分でも乾分でもねえ、ついてくるなよ」


親分が立ち去ったあと、骸骨の側にぽつんと浮かぶハチベ。
まさかこんな仲違いになるとは思わなかったのだろう。
ハチベはしばらく何もできずにぼうっとしていた。

「おい、まだ動かねえのか、この骨野郎」それからハチベは横の骸骨に問い掛ける。
当然、そんな問い掛けには誰も応えねえだろうというところだが、
「ケケッ、悪い悪い」と不気味な野太い声が聞こえてきた。
それはまさにハチベの隣に横たわっている骸骨からで、
やがてその骸骨は気だるそうに体を起こすと普通に立ち上がったのだ。

「この野郎、あっしの言う通りに踊ってみせるって約束だろう」とハチベ。
どうやらハチベとこの骸骨は予め打ち合わせをしていたらしい。
斥候に出たハチベが珍しい喋る骸骨を見つけて仲良くなったってところだろう。
「まあそう言うな。あんな薄情な主人ならいなくなって清々しただろう」
骸骨は、落ち込むハチベに事も無げに言ってのけた。

「お前もあんな主人は放っておいて、俺たちの仲間にならないか？」
と、骸骨はさらにハチベに囁く。
「それにあの男、えんぶりおがいなけりゃすぐ喰われちまうだろうぜ」

その言葉を聞いて、はっとしたハチベは親分の去った方へ飛ぼうとする。
だが、その首根っこを発止と掴んだ骸骨の手。
「おっと、もう遅いぜ」と、剥き出しの歯をかちかち鳴らして北叟笑んだ。
「主人とえんぶりおって言ってもこの程度のものだな」と勝ち誇ったよう。

恐るべきはこの骸骨、骨なのをいいことに死んだ振りして人を騙し、
人間同士や人間とえんぶりおを仲違いさせて一揆隊の連中を掻き回しているようだ。
これでマニー親分もハチベも一巻の終わり、かと思われたが。


不意にヒュっと鋭い音を立てて飛んできた礫が骸骨の腕を打つ。
「あ痛っ、何をする」とついハチベを離して悔しがる骸骨。
そこをさらに礫が襲い、腕やら足やらに当たって骸骨がじたばたする。
「なるほどね、確かにこいつァ踊る骸骨だぜ」

骸骨の手を逃れたハチベが飛んで行った先にいるのは、やはりマニー親分だ。
手にはじゃらじゃらと小銭を持って何時でも骸骨に喰らわせる構え。
「なんで戻ってきやがった」と骸骨は恨めしそうに吠える。
「残念だったな、おめえさんのことはハナからお見通しだったぜ」

そう、この悪い骸骨の噂はハチベがとっくに聞き込んでいたのだ。
始めは親分も半信半疑だったが、その矢先にハチベが実際に喋る骨に出会った。
そこで本当にその骸骨が悪さをするか試したってことだ。

「おめえさんに聞こえるように芝居してやったが、バレなかったようだな」
と、ここまで種明かしをされては骸骨はぐうの根も出ねえ。
「こうなったら力尽くだ」と隠していた刀を取り出して襲いかかってきた。

「まだ踊り足りねえようだな」とマニー親分。
お待ちかねの、骸骨退治の始まりだ。