魔法少女、ライネ・スパークルは朝早くから町を歩いていた。
その足取りに迷いは無く、必要な物資を得るべく真っ直ぐと店へと向かう。
食料、医療品、武装の新調、必要な仕事をテキパキとこなして行く。


――同日の昼――

ライネは溢れんばかりの荷物に顔を埋めながら町を歩いていた。
眼前を覆うその荷の隙間からそっと覗く眼光は鋭く、街行く一揆参戦者達の動向を観察している。

そんなライネの視線があるものを捉えた。


――同日の夕――

ライネは溢れんばかりの可愛らしい雑貨や衣料品の荷物に顔を埋めながら町を歩いていた。
眼前を覆うその荷の隙間からそっと覗く眼光はにへらと緩み、ブラブラと歩く様子が街行く一揆参戦者達に晒されていた。

ライネは軽い足取りで、オシャレなカフェへと足を踏み入れた。
何気なく選んだその店に、”女の子8％割引デー♪！との看板を見つけてライネはことさら上機嫌になる。


――同日の夜――

カフェでオシャレなサラダパスタを食し、デザートに甘ったるいミルフィーユを平らげ、8％割り引かれた代金を支払い、
ライネはアジトに戻って一息ついた。

大量の荷物もそのままにほうり出し、そそくさとシャワールームへと向かう。

ふんふんふーん♪と鼻歌交じりに、自身の衣装を脱ぐべく手を伸ばし――


…


……


………

――シャワーシーンに突入する寸での所で、彼は正気に戻ったのだった。

彼の名はライン、黒閃の雷蛇と呼ばれる執行者。一揆を目論む参戦者達を排除するべく暗躍する存在だ。
魔法少女ライネ・スパークルは彼の仮の姿に過ぎない。
全ては、参戦者達に近づきその情報を得る為の演技に過ぎないのだ。

……その、ハズだ。だったのだ。

だと言うのに、彼は己の任務そっちのけでショッピングに興じていたのである。

いや、それは割とどうでもいい。

執行者たる彼の仕事とは、参戦者達の情報収集および――襲撃による各個撃破だ。
勿論、2千人を越える参戦者達を1人2人痛めつけた所で大きな痛手ではないだろう。
しかし、”一揆に参加することで襲撃を受ける”と参戦者達に広く思わせることが出来れば、少なからず進攻を遅らせる事は可能なはずだ。
少数による暗躍を主とした彼ら執行者は、この大群進攻を前にその程度の対抗手段しか持ち合わせていなかった。

それでも、生真面目に任務を遂行するのが黒閃の雷蛇、ラインという男なのだ！

そんなラインは人生初の”任務放棄”に激しく衝撃を受けていた。
別にサボりたくてサボった訳ではない、良さ気なお店を偶然見つけてテンションが上がってしまい、ズルズルと買い物や食事に興じてしまっただけなのだ。そう、まさしくサボり、サボリ以外の何事でもない。

改めて確認してみると、物資は昼前の時点で一通り揃っていた。
――不要な物資も随分と増えているが、捨てるのもモッタイナイのでそのまま使うとしよう――
しかし、もう一つの目的であった情報収集は進んでいない。
すなわち、今夜襲撃する手筈だった相手の情報だ。

外はすっかり夜である。
もちろん襲撃は夜間に行われる、…が、それは事前に入念な調査と下準備の上で行われるものだ。
闇雲に無差別で突発的な襲撃を行うなど、そんな通り魔染みた犯行は彼の信条に反するのだ。

今からでも情報収集に向かうべきか――暫し逡巡して、彼は呟いた。

それもまた、今の彼にとって大事な事であるらしい。
だってほら、お肌を綺麗に保ってないと、ライネ・スパークルとしてのスパイ活動に支障が出るじゃん？
だからね、これも仕事の為に必要な事なんだよ！見た目の為って訳じゃないんだからね！
…っと、内心で強く強く言い聞かせる。

しゅんと肩を落しつつも、ラインはこのまま就寝する選択を選んだ。
帰宅時の陽気とはうって変わった憂いを帯びた表情で、衣装を脱ごうと手を掛ける。
彼はそのままシャワールームへと消えていった――



黒閃の雷蛇、ライン。
女装生活26日目。
彼の精神は明らかな変調をきたし始めていた。