自ら集めたパーティでの戦闘を終えたその日、盲目の少女は自室にて日記を書いていた。
わずかにほほを紅潮させて、指先に構えられた羽ペンはとどまることなく白紙に文字を埋めていく。

机の上に置かれた蝋燭の明かりが照らす表情には喜びの色。

だが、唐突にペン先は文字を生み出すのを止め、窓を風が揺らす。

先ほどまでの喜びはどこにもなく、彼女の表情には憂いを含めた色。
浮かべていないときがないほどに、その表情に違和感なく浮かび上がっている色。

少女は、羽ペンをそっと、日記帳の横へと置く。

少女がつぶやくのは、パーティの最後に加入することとなったナスル＝アイン。
すでに少女のパーティメンバーとなっているダイガ、そしてレインとは異なり、
一揆参加者たちが集う酒場の掲示板にて見つけた人物。

何人もの雇い募集があるなかでナスルを誘った理由はいくつかあった。
まず、こちらの戦力において前衛が必要であったこと。
次にお金さえ渡せれば、不平不満を言わないということ。

ひとつめに関してはダイガひとりに前衛を任せるのはきつい状況であり、
かといってリラやレインが前衛にでるわけにもいかなかった。
そのために彼女は止むなく酒場での雇い募集を頼ったのだが、
自身の風貌を見て相手が断ってこないか、それだけが懸念であった。

しかし、それは杞憂となった。

出会った当初こそは、いきなりの言葉と勢いで驚いてしまったものの、
今回探索する場所となった山へ赴く際での道中にて、彼女は知った。
ナスルという人物が抱えるなにかを、だ。

ダイガとよく似た楽天家のように思わせておいて、戦闘となった際の苛烈な様子。
それでいてレインと同じく中身の見えない言葉の数々。
これらだけで知り得るものは少ないものの、容易に見せまいとするなにかが察せた。

もうひとつ、気になったのはナスルのもつ占星術。

そう考えた瞬間に胸のなかへと襲ってくる黒い感情。
知っている、もはや親しみすら覚える黒色をした不安という感情は、
友人のように近づいてきては彼女の心包み込んでいく。

感情が少女の胸のうちを塗りつぶしていき、その身を震わせる。
さきほどよりも強い風が、さらに窓を揺らす。
思わず両手で自らを抱きしめて、少女は自身を慰める。

一揆に参加して、両親に会いたいという気持ちとともに膨れ上がる、出会うことへの恐れ。
彼女が何よりも恐れているのは「自分が望まれていなかった」ことで捨てられたのではということ。

少女は自分を抱きしめつつ震える。窓は小刻みに揺れ続ける。

多くの人物と出会い、多くの人物に自身の両親について尋ね回った。
ほとんど手がかりといっていいものはなく、唯一ダイガに感じたものていどしかない。
そして中にはリラへと悪意をもって接触してきた者も少なくはなかった。

彼らは言う。

「君は捨てられたのだ。盲目であること厭われて」
「両親が君に会いたいと思ってるのか。相手は迷惑かもしれないだろう」
「何年も会わない相手がいまだ生きてるだろうか。すでに死んでいることだってある」

いや、悪意があったわけではないかもしれない。
彼らなりの善意だってそこにはあったのだと、今では思うことすら少女はあった。

不具を抱く、自らの身体。

少女の身を思いはばかって投げ掛けられた言葉だと思ったほうが、すんなりと受け止められた。

最初の出会いはたまたまでしかなく、どこか懐かしさを覚えた相手であった程度の傭兵ダイガ。
次にいつのまにかひょっこりとリラとダイガの食事に参加して、同行してきた不可思議な少女レイン。
いわば、リラに対して二人はなにも縁のない相手ではあったのだが、
二人は盲目の少女が一揆に参加した理由を述べたとき、こう言った。

「見つけるの大変だろうが、俺で良ければ手伝うぜ」

と傭兵は二つ返事でこちらに同行を願い出た。
そこに悪意もなければ下心もないと、素直に感じ取れてしまったのは、
彼の性格によるものなかどうかはわからない。

それからと言うもの、ダイガは戦闘において前衛を務めてリラの盾となるだけでなく、
世俗に疎かった彼女を護るかのごとく普段から立ち回ってもいた。

先の悪意を持った相手から投げられた言葉には、
すぐさま慰めや不安を消し去る言葉をこちらに投げかけ、精神的な意味でもリラの盾となっていた。

一方でレインは。

「あなたのやりたいことをするのに、それ以上の理由があるの？」

肯定でも否定でもなく、問いかけをリラへと返してきたのだった。

それからは宿などで食事を取ったりしつつ彼女が見聞きしてきたことを聞くことで、
これまで家にこもりきりであったリラの視野が広がっていくことにもなり、
日数を重ねていくたびに、投げかけられた問いに対する答えはなんなのかを考えることも増えた。

彼女はそれだけではなく、悪意を持った相手に対しては、
黙っているリラや笑ってごまかすダイガと違い、果敢に言葉を返す姿勢を見せてもいき、
少なからず盲目の少女の心うちに多くのきっかけをもたらしていた。

ずいぶんと二人に助けられている、そう少女は思う。

今日に限ってはエンブリオたちは出てこず静か。

唯一、少女の首もとを保護するかのようにまとわりつくのは、
植物の蔓で編まれたマフラーではなく、植物を媒介としたエンブリオであるエイジュ。
ほのかな暖かみをその身から発して少女のそばにいた。

エイジュのことを思い出して、身体の震えを止めた少女は、
首もとを覆う細長いエイジュの身体をなでながら、つぶやく。

窓をがたがたと揺らす風は、今夜も吹き続けていた。

そう言って少女は、横に仮面の人物を置いて頭を二人へと下げた。

　拳を握りしめ、ナスルは軽やかに笑ってみせた。