――何時か見た夢をなぞるように。

　* * *

　あの時は、其れが最善だと思った。僕があの場に残り、『　　　』を酷使してでも、殲滅を続ける事。罅割れた其れに謝罪を呟きながら、僕は魔術を扱い続けた。何度も、何度も、何度も、あれらが息絶えるまで、ずっと、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっと――――――――――

　怨みを抱いた訳では無い。憎しみを抱いた訳では無い。復讐心に燃えていた訳では無い。あれは僕の義務であり責任であっただけだ。横たわる銀翠の屍に想うところがあった訳じゃない。
　だってあれは私の所為じゃない。悪いのは奴らだ。何より、引けと言った僕の言葉を聞かずそこに残った銀翠の所為だ。

　そう思い込もうとすればするほど、胸は苦しくなった。涙は落ちなかった。宙を漂う全智全能が小さく笑い声を立てたような、気がした。足元にすり寄った黒猫を抱え、そのふわふわとした毛に顔を埋めた。太陽の香りがした。少し、血の臭いも混じっていた。ごめん、と口走った唇が、醜く歪んだ。
　この謝罪は誰が為の謝罪だろうか。私か、僕か、それとも銀翠か、葬った奴らへか、魂を移し替えられた猫に対してか、酷使した白黒水晶へか、禁書たちへか。

　わからない、と呟いた。

　――世界が瓦解する音が、鳴った。

　* * *

「っ、」
　嫌な夢を見た。額の汗を拭い、ゆるりと息を吐く。身を寄せていたフローロが地面を転がりかけたのをすんでで抱えながら、また一息吐く。厭な夢だ、と小さく零して、夜空を見上げた。
「大丈夫？」
　そよ風のような声。そちらに視線をやって、一瞬、息を呑んだ。――ああ、それもこれも夢の所為だ。不安げに此方へ歩み寄ってしゃがんだメラルドに凭れるように、抱きついた。
「大丈夫に見えるなら、大丈夫だと思うよ」
「そう。じゃあ、大丈夫じゃないんだね」
　ほんの少しの皮肉を混ぜた言葉に、困ったように笑って、ぽんぽんと背を撫でる手は、ずっと変わらない。――変わる筈もない。
「もしも、」
「うん」
「もしもの、話。『マタン』が見つかって、帰れる手立ても見つかったとして」
「うん」
「“君”は“あっち”に存在（い）るの」
　声が震えたかもしれない。自分に代わりに寝袋に寝かせたフローロが小さく寝返りを打った。
「僕には分からないよ、“チヴェッタ”」
「“その名で呼ぶなよ、メラルド”」
「……ごめんね、ヴェス」
　それは、どっちの意味で？
　問いは喉元で引っかかって、掠れた息のような声しか漏れなかった。視線の先、むにゃむにゃと何かを言っているフローロの髪にきら、と光った髪飾りから目を逸らして、“蝙蝠”は思考を止め、静かに目を伏せた。

習慣と同じようなものなのだろう。これからもしかしたらそれは普通とは違う、
自分独自の習慣――当たり前の約束事だと、いずれ気づくのかもしれない。

　申し訳なさそうにしながら、小さな黒革の袋に入ったそれを手渡した。