それは、予兆。
　そして、抗いきれぬ運命の欠片――



　不意に首筋にゾクリとしたものが走って、カサネは勢い良く振り返った。
　乾き、ひび割れた大地には隠れる場所などろくにない。
　同じ場所を探索する一揆の参加者がちらほらと見える他には別段変わった様子などなく、いつもの風景だといえる。
　それでも…

　自分の中の奥深くにあるものがざわめく。
　本能が警鐘を鳴らす。
　それは危険だ、それを許すなと訴える。


「主殿？どしたの？」

「何か気になるものでもあったのか？」


　前を行く獣が歩みを止めた主に怪訝な視線を寄越すと、あれほど騒いでいた何かは嘘の様に霧散してしまった。
　一体、何だったのか…


「いや…多分、気のせい…だと思う…」


　歯切れ悪く視線を戻し、再び歩き始めた主に双頭の獣は顔を見合わせた。
　カサネはそもそも気配に敏感な性質だが、ここ半月のサバイバル生活や魔力の向上によってその質は更に磨かれている。
　獣やエンブリオの気配ならばおおよそ察してしまう程度には、だ。
　その主が、気のせいという曖昧な言葉を用いるのは、実はかなり珍しい。


「……なぁんか、ヤな予感するよねェ…兄弟？」

「そうだな…我らの勘が、外れてくれるとありがたいのだが…」


　だがしかし、獣たちは覚えている。
　それはある男の刃として生きたあの数十年で幾度となく経験した、“狩り”の気配だ。
　同じ血を継ぐカサネにもその業を背負わせようというのならば、彼の女神は大層意地が悪いことをする。
　この世界の理に従い、エンブリオとして生きている今の自分たちもまた当時のような“狩り”の成果は望めないだろう。
　で、あるならば――…

　主の足元に侍るもう一頭の獣へと視線を向ける。
　カサネと、自分たちと、その獣。
　全てがあの男に関わる存在だ。
　この世界で自分たちが一堂に会したのは、恐らく偶然ではあるまい。


「あんまり、主殿を苛めないようにしなよ？」

――さて、何のことやら分からんな


　主に聞こえぬようにと囁けば、漆黒の獣はその紅の目を細めてふいと視線を外した。
　その仕草は、獣の名付け親によく似ている。
　どうにも、きな臭い気配が拭えぬまま、獣とその主は砂漠の探索を続けるのだった。



　それは予兆。
　そして、逃れられぬ宿命の一欠片――