アハブ・アリ・マーシュという男は、いわゆる『なんでもできる男』であった。

生来の強靭な肉体、野生的な直感、見た目にそぐわぬ記憶力、そして鍛錬を惜しまぬ精神。
それらが、恐れを知らぬ豪胆さ、好奇心と相まみえる事で、希代の無頼漢が生まれた。
そう、彼は根っからの『やんちゃ坊主』なのだ。

彼の生まれを知る者は少ない。
聞くところによれば、十の頃には荒くれ者とともに遠洋で鮫と殴り合っていたなどと眉唾ものの話すらある。
だが、彼が十五の頃には自らの船を持ち、それから十数年に渡り南洋を駆け巡っていたのは事実なのだ。

『海の怪物』と呼ばれる巨大な海洋生物を狩っていたのも、この頃である。
体長数十メートルにもおよぶ巨鯨や海竜を次々と仕留め、『神殺し』の異名で近隣に名を売っていたのも。


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マーシュ家はナイアタケット村の祭祀全般を司る旧い名家であった。

ナイアタケットの水神信仰を一手に握るマーシュ家の影響力は、村長のそれを凌いでいた。
住民五十名程度の小さな村であるがゆえに、その力関係はあからさまで、陰湿ですらあった。

かつてのナイアタケットは南洋の島々との交易で賑わい、現在の数倍の規模の街であったという。
だが、いつしか交易は途絶え、ナイアタケットは地理的要因も相まって徐々に賑わいを失っていった。

そうした落日の中、マーシュ家が没落しなかったのは、もちろん祭祀の一族である事も大いに関係していたが。
何より、『外なる血』を積極的に取り入れてきた家系であった事が大きかったとされる。

マーシュ家には何度か家系存続の危機があったという。
だが、その度に何処からか『外なる血』として『よそ者』を迎え入れ、それによって勢いを取り戻してきたという。

そして当時、ナイアタケットは流行り病に見舞われ、さらに住民を減らしていた。
マーシュ家も当主が病に臥し、危機的な状況となっていた。

この時、マーシュ家が目をつけたのが、アハブという男であった。


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当主の娘、イゼベル・エトバアル・マーシュとの出会いは、まったくの偶然であったという。

イゼベルは聡明で、深海を思わせる不思議な美しさを持つ娘であった。
しかし、ひどく気位の高い娘でもあった。

だが、アハブはそうしたイゼベルの気性をいたく気に入り、何事かにつけてナイアタケットを訪れるようになった。

イゼベルは当初、アハブの粗野な性格がどうにも我慢ならなかった。
当主から、アハブを早々にマーシュ家に取り込むように、と厳命を受けていたにも関わらず、である。

イゼベルはアハブに対し、数々の無理難題を押し付けた。
だが、アハブはそのことごとくを言われた以上の成果を出して返してみせた。

そうしたやり取りを幾度も重ねた末、ついにイゼベルは折れた。
幾度も重ねたやり取りの中で、もはや取り返しがつかないほどアハブの存在が大きくなっていたのである。

アハブはマーシュ家に婿入りし、船を捨て、ナイアタケットの水神『メルヴィ』の神官となった。
アハブ・アリ・マーシュと名を改めたのも、この時である。


しかし、船を捨てたはずのアハブであったが、その後も彼は海に出る機会が絶えなかった。

そして、南洋の海底都市で『白鯨』モビー・ディックと遭遇、これを従える事になるのである。
息子イシュメールを得て、次の航海の事であった。

モミモミ…

モミモミモミ…

ちらりとネイの方に目を向けたが、再びそらしてしまった。

>>ホットロッド

>>まだら

ネイベールは自らの肩を軽く叩き、まだらに笑いかけた。

>>イシュメール

イシュメールは荒々しく銛を構え、敵の動きを目と気配で追った。