目の前で男を誘う為の格好をした女が寂しそうに微笑んだ。
「結局使ってくれませんでしたのね」
　目元に涙を浮かべていたが、ソレを真に受けていてはこいつの相手はできない。
　夢魔のリリス。こいつが男に行う行為は全般的に快楽に堕落させる為の罠だ。こんな女の言葉は話半分が丁度いい。俺様は、肩を竦めて大仰な仕草で笑いながら言葉を紡いだ。
「折角来てくれたトコ悪かったけどよ、ちぃと相性がな。まー最初にやった分のネクターで我慢しろや」
「まぁ。ご無体な主様ですこと」
　しゃなり、と身体を捻る女。
　その仕草一つ一つごとに欲情をそそる。が、それが一々面倒くせぇ。
「うるせぇよ。さっさと行けや。俺様は飢えたメンバーの為に粥を作らにゃならんのだ」
「……そこが板についている事は同情いたしますわ」
　生暖かい視線は真摯なもので、それが逆に辛かったが、まぁいい。この場で声を荒げる事ではない。イラつきを噛み潰しながら払うように、手を振った。
「いいから行けや。俺様とオマエの間には大した縁もねーだろ」
「そうですわね。わたくし、雇われてから一度も使われた事もレベルを上げて頂いた事もありませんでしたし」
　痛いところをつくが、仕方ない。手持ちのネクターが有限である以上、優先順位はついて回る。
「悪かったとは思ってんよ。どこかでまた合う事がありゃー、埋め合わせしてやるからよ」
「期待せずに待っていますわ」
　リリスはくすくすと笑い、そうやって地面を蹴った。
　ふわりと浮かび上がり、そのまま消えていこうとする彼女を眺め、ふと思い出し、一言呼び止める。
　振り返るであろう事を前提に「それ」を投げた。
　慌てながらも見事に受け取ったが、「それ」が何かという事を理解した彼女の顔は一気に青褪める。うむ、いい顔だ。
「抜き身の短剣なんて投げないでくださいな！？」
「すまん、鞘外れたわ」
　げらげら笑いながら、眺めたリリスの手には短剣があった。丁度白刃取りといった感じか。
「もってけや。どっかで役に立つかも知れねーからよ」
「主様の作った刀剣ですか……。いいのですか？　思い入れと、使い手の拘りがあるのでしょう？」
「ま、それなりにはな。まぁ、その短剣は俺様がこっちに来て最初に創った本当の意味での習作だ。使いこなせないことが前提の剣だからな。好きに使え」
「それって役立たずってことでは……」
　苦笑しながらの、しかしそれでいて歯に布を着せぬ言葉に、思わずゲラゲラと笑った。いい女だ、と正直に思う。
「それでももし使えたら、奇跡だろうよ。そんだけの奇跡があったなら、使っていいぜ」
　腕を組み、胸をはってそう言い放つ。
　俺様の言葉に、リリスは一瞬呆けた顔を見せた後、けらけらと笑い始めた。
「さすが主様。貴方様のその自信の持ち方は他では見れません」
「当たり前だ。俺様だからな」
　背筋を反らしながらの言葉に、リリスは深く笑う。珍しく、そこに妖艶さは感じられなかった。
「では、おさらばですわ」
「ああ、んじゃな」
　リリスに背を向け、手を振って別れを告げる。後腐れなく、颯爽と。湿っぽいのは俺様の趣味ではない。そして何より、俺がその感傷に思考を浸す意味が無い。
　脳裏に描かれたのは新しい魔剣の為の製鉄技法と魔術技法。
　別れの想いが魔剣の力となるならその想いを募らせよう。だが、そうでないのならば、それは不要なモノだ。
　ただ剣を作る為の存在は、その在るがままを目指して進むだけ、っつーことで、ひとつ。　
　

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