空中に水球が浮かんでいる。まるで宇宙空間の水のように、ぶよぶよと波打つ水の……いや、お湯のボールが地面から１０センチほどの高さを滞空していた。


「ふやー、いい湯だ。すごいね、お風呂も作れちゃうんだね」


　水球の中を無重力状態で泳いでいるのは悪霊だ。何故か流暢に言葉を話している。再開したときは女子高生の格好をしていた。エルはすぐ事情を聞きたかった。何度か問い詰めたものの、彼女は知らないふりをするだけだ。


「なぁ、いままでどこにいたんだよ。何があったんだよ」


　エルは水球の近くから魔法を練りつつ悪霊に声をかけた。悪霊はもちろん裸だが、エルはそれに動じるような年齢ではない。悪霊も気にしていないようだった。


「何があったって、いつも通りだよ。エルと一緒に学校に行って……」

「僕が学校に行っていたのは何年も前だよ……」


　ようやく事情を話してくれたと思ったら、やはりよくわからないことを言うのだった。悪霊はお風呂から上がって、エルの魔法で全身を乾燥させた。そして制服を着る。


「ありがとうー。ここに来るまで長い時間がかかったから、お風呂入れなかったんだよねー」

　エルはここで一つの記憶を思い出した。学生時代エルの同級生に悪霊のような娘はいなかったが、当時ある失敗をしたことを思い出したのだ。それは授業でやった魔法の実験だった。それは異界との交信実験だった。エルはその実験に失敗し、目的の世界から何も聞くことはできなかった。

　いや、正確には聞くことはできたのだが、それは目的とした世界の声ではなかった。どこか正体不明の異界の声を聞いてしまったのだ。酷い失敗だったし、その声はなんだか恐ろしかったのでいつまでも記憶に残っていた。

　この前聞いた声は一瞬だったし、確証は持てなかった。だが、こうして長く話しているとあのときの記憶がよみがえってくるのだ。あのとき聞いた声と……悪霊の話し方はよく似ていた。