シュルケーは霜の降る寒い朝、また忽然といなくなってしまった。もはやこの交代劇も慣れたものである。エルは悪霊が帰ってくることを見越してテントの中でお菓子作りに励んでいた。

「クッキーはやはり基本だな。今回はチョコチップを入れてみよう」

　彼は七色に光る泡をボウルでかき混ぜていた。魔法のクッキーである。幻を操作して作るクッキーであり、栄養にはならないが素晴らしい味が出る。泡はやがてきめ細かいムース状になり、ふんわりとした形を作った。

「あとは焼くだけだな」

　魔法で出したオーブンに、クッキー大に形作った泡を並べてダイヤルをセットする。僅か10分で焼き上がる神秘のクッキーである。

「あいつ驚くかな……いままで練習用のプレーンクッキーしか作ってなかったからな」

　以前悪霊はお菓子を食べて言葉を発したことがある。今回もそれを期待していた。いままで意思疎通が不可能だった悪霊。彼女とのコミュニケーションが、ようやく形を結びつつある……そんな予感を感じていた。しかし……

「ただいまー。いやー長旅で汗かいたー。お風呂入りたいけど、エルなんとかしてくれる？」

　テントを開いて現れたその悪霊は……何故か女子高生姿の制服で、流暢に言葉を発していたのだった。

「……これは予想外だ」

”チーン”

　オーブンの音が小気味よく響き、悪霊は笑って不思議そうに首を傾げたのだった。