食べることが好きだ。

美味しいものを食べることが好きだ。

トロトロと煮込んだホワイトシチュー
ちょっと高級ランクの筋肉を加えて、人参の色どり、玉ねぎの甘み。

やわらかい肉に下ごしらえをして、
ミディアムレアに焼いたステーキ。
シャリアピンソースにしようかと思ったけれど、グレイビーの気分だ。

林檎のコンポート。
甘くて酸味の程よい小ぶりの林檎が良い。
砂糖の甘味にシナモンのくせのある香りがアクセント。

料理は実験と同じだ。

肉一つにもその料理にあった肉の種類、部位、年齢、性別。
然るべき準備を施し、然るべき順番で、然るべき調理を加えていく。
下味、焼き加減、隠し味、仕上げ、盛り付け。


実験は料理と同じだ。

目的に見合った人種、部位、年齢、性別。
然るべき準備を施し、然るべき順番で、然るべき術式を組み立てる。
手術、縫合、方陣の描写、魂の封入。

食べてみたいと思ったものを、自分の手で作り出すのと
やってみたいと思ったことを、自分の手で実行するのは
何が異なることなのだろうか。


***　One Day ***

苦痛が残らないよう、きゅっと首を締めあげて
最後の生命の残滓まで刈り取るように首の骨を折った。
首を切り裂き、さかさまにつるすと
面白いほどに血が流れていく。
今日は柔らかい若い肉だった。

大きな刃物を使い、首を落とす。
手を落とし、足を落とし。

そして器用に皮をむいていく。
なかなか生の肉は皮が剥きづらい。
上手く刃物を入れながら、慣れた風に丸裸にしていく。

次第に興に乗ってきた。
鼻歌が漏れてくる。
聞いたことのある様な、時々少し調子が外れるが単調なメロディー。

一度腹を開いて、丁寧に内臓を除いたその空孔に別の素材を詰める。
一通りの準備を整えた後、
もう一度縫合し直す。

この準備が大切だ。
準備を丁寧にすることで、出来上がりが違ってくる。
ああ、もうすぐ出来上がる。
今回の出来はどうだろう。
成功するだろうか、失敗するだろうか。

******************



完成した丸鶏のローストチキンにナイフを入れると、
中からアツアツの野菜と米がこぼれ出てきた。
かけた果物と肉汁のソースがじゅわっとからみ、香ばしい香りが食欲をそそる。
口に入れると、柔らかい若鶏の肉とソースの塩分、
果実の甘み、肉汁のコクが非常に美味い。
ニンニクとローズマリーの香りがアクセントになっている。

今夜の夕食も成功したようだ。
ドールがもの欲しそうにテーブルを仰ぎ見ている。
残念ながらこのエンブリオには物質を「食べる」という機能はないはずなのだが
肉体の記憶なのだろうか、あるいは魂の記憶なのだろうか。
あるいは本能のようなものが残っているのだろうか。

記憶の宿る場所についても実験をしてみたいな、
などとぼんやりと考える。

共に焼いた熱く固いフランスパンにバターを伸ばすと
解けた油脂の良い芳香に包まれるようだ。
ここは少し手を抜いて、テーブルの上の瓶詰めガーリックを手に取ると
パンの上にかける。
乾燥させたバジルをのせれば、簡易的なガーリックトーストの出来上がりだ。




さくさくとした食感を楽しみながら、
ふとその残骸に目を落とす。

今日の夕食は成功したけれど、
残念ながら、今日の実験は失敗だったな。ドールのおもちゃにしかならないか。
意志なく痙攣したように動く、凹凸のない膨れた肉の塊を椅子に座ったまま足蹴にすると
ころころと部屋の隅に転がっていった。

ドールがじゃれるように追いかけていくのを横目に
成功した夕食を口に運んでいった。