-----------------------------------------------
「魔術や……魔法と呼ばれているものがどういう仕組で成り立っているのか、どのような理屈で存在しているのかは定かでないが……」

呟きながら、数多くの紋様が描き敷き詰められた床の上に屈みこんで、地面を手の甲で叩いて見せる。

「そうなってしまうというものは、あくまでそうなるのだとして受け入れてしまった方が楽だし便利だろう。」

ゆっくりと立ち上がると、部屋の傍らに立つ少女の元へと歩み寄る。

「現にあの魔術師の用意した魔術っていうのは、失敗したにも関わらず予想以上の効果を見せてくれた訳だ……くく、おかげでこの様だ」

真っ青に変色した右腕の人差し指で、同じように青く濁った右瞳を指さして小さく笑う。

『……』

「どう足掻いても私は平凡だったという訳だ……。あの魔術師……ハーヴェイとはまるで出来が違う。奴が生み出した術式を奴のように扱う事は、結局の所一度足りとも叶わなかった。」

本来魔力を持たない筈の私が『生命』そのものを資本として、自らのキャパシティを遥かに超える魔術を扱う度に、そのツケは確実に自身の体を蝕んでゆく。しかし、その選択を後悔する事はないと思っていた……目前の彼女と出会うまでは。

「さて、無理な魔術を酷使し続けた代償は大きい。私の命は着実に『消費』されつつある。もってあと数年か、或いは明日にもか。」

『それは……とても悲しいです』

「だろうな。それで、これだ」

顎で紋様の並んだ床を指し示すと、ゆっくりその中心へと歩き出す。

「これは不老不死あるいは不老長寿の術式。魔術の代償を魔術で払おうっていうんだからお笑いだな」

『……』

「さらに笑える事があるとすれば……これも魔術師ハーヴェイの作った術式だって事くらいか。」

多くを試しながらも、ただの一つも成功した事のないホーラ・ハーヴェイの術式。劣等意識のシンボライズ。

「……さて、果たしてこいつに失敗すると今度はどうなるのだろうか。残り少ない寿命が縮む程度で済むのだろうか。」

「人体の仕組みを根本から弄くるような魔術だ。もっと酷い目に遭う。かも。」

『……例えば？』

「化け物になってしまうとか」

あくまで冗談気味に戯けて言いはしたものの、少女の目はまるで笑っていない。

「ま、要するに、選択は二つに一つってことさ。このまま残り少ない時間を穏やかに過ごすか、一世一代の賭けに乗り出すか……お前はどちらを望む？」

『……』

直ぐに答えはでないのか、口を小さく開閉しながら伏し目がちに視線を泳がせている。

「迷っているな。」

『……ごめんなさい。どうやら答えられそうにありません。』

「構わないさ……いや、むしろそれでいい。迷うという事は、お前にもお前なりの意思があるという事だろう。」

『ありがとうございます。』

「感謝されるような事でもないんだがな……」

ふっ、と小さく笑いながら息を吐き出す。

「私は……私は、賭けてみようと思う。きっと、お前にはまだ私が必要だ。」

『はい。』

「……そして、私にはお前が必要だ。この術式は私如き一人では成り立たない。そこでお前の力を借りたい。」

『はい……いえ、それは……』

「ダメか」

『……自信がありません。望む結果を得られる確証が、どこにも。』

「当然だろうな。」

『それにきっと、上手く行かなかったら、ずっと後悔してしまうでしょう。』

「だが、やらなくてもいつか後悔する」

『本当に、ごめんなさい……迷ってばかりで……』

「……ま、その弱さは必要なものだ。捨てろとは言わないさ……そこで一つ、提案がある」

『はい』

「こいつに決めてもらうとしよう。それでどうだ？」

一枚のコインを取り出すと、それを摘むように持ったまま少女に見せつける。

「コイントスという奴だな。こいつを投げて床に落ちた時、表が出ているか、裏が出ているかを予想する。今回は、お前に見せているこの面を表という事にしよう。」

『……それなら私も知っています。わかりました、それで決めましょう。』

「普通ならお前が言い当てるべきだろうが……賭けられているのは私の命運だからな、私に決めさせてもらう。いいな？」

『かまいません。』

「……そうだな。それじゃあ……」

目を閉じて、暫くの思案。

「……表だ。表が出る。」

『……』

「それじゃあ、いくぞ」

『……はい。』

掴んでいたままのコインを、天へと向けて放り投げる。一定の高さまで飛び上がったそれは、垂直に地面と吸い込まれ、そして……

-----------------------------------------------
-----------------------