戦闘処理も終え、さて移動をしようかと声をあげようとする背後で異変があった。
「イヴお嬢様――」
　咳き込む女性の元へと駆け寄ろうとした所で、彼女からの問いに阻まれる。
「それは、」

　萌えるお方ですね。

　反射的にそう返そうとして、はたと止まる。
「それは……？」
　改めて彼女の元へ足を運びながら思案する。
　この世界に萌えという定義はあるのだろうか。
　否、何でもありとも言えるこの世界でそのような配慮は不要なのかもしれない。
　けれど元居た世界でも、萌えへの理解を求める事は難しかった――

「敬愛でき、お互いに信頼を築ける方でしたら。元より、理想のお嬢様を探しているとは言え、下僕を選ぶのは主人の側だと私は思っています。
　それから、どんなに美しかろうと、また愛らしかろうとも人形に興味はありません。人形戯びをする様な年齢でもありませんので」

　それはそれで、育てる喜びというものがあるのですが。
　自分でもストライクゾーンが広い事を自覚していれば、外見は元より性格についても一言では言い表せられない。
　故にどうしても答えは抽象的に成らざるを得ない。

「欲を言えば私の愛を受け止めて下さる方でしょうか」

　別に受け流されたのでもいい。この趣味が許されるのならば。
　未だ見ぬお嬢様に想いを馳せていると、ふと斜め下あたりから熱い視線を感じた。
　視線をやれば、いつも通りの完璧な笑顔がそこにあった。

「どうかなさいましたか」
「いえ……ヒューさんに愛される方は、きっと幸せでしょうね」

　何かを含めるようにそう言いつつ、恥じらうようにも視線を外す彼女の横顔を眺めながら――ふと思い至った。
　思い至ってしまった。

　先日からの片時も離れたくないと言った態度や（見張りの為）
　日々の小さな挙動まで細かく見守り(嫌がらせの為）
　こうして熱視線を送るようになり（不可思議な生命体を見る目）
　此方の好みを把握しようといういじましさも貴方色に染まりたいということか(妄想）。


　もしかしなくてもこれは：恋。


「罪深いですね……」

　きょとんと、不思議そうに瞬く女性に対して何でもないと首を振る。
　この件については追々考えていくことにして、改めて胸元に手を当てて一礼をした。

「これで答えになったでしょうか？
　そろそろ此処から移動いたしましょう。ペペコお嬢様も暇を持て余していらっしゃるようなので」