――“その時”は、突然やってきた。

「ミュエリ、ソーニャ！……逃げるんだッ！」

　戦闘での敗走時、二人を庇いつつ、俺はその際背中に傷を負いながら、一緒に逃げた。
　だが、気が付いたら二人とはぐれてしまったようで、すれ違う人が変な目で見ようが、構わず二人の名前を叫ぶ。

　この辺りは強い敵も多い上、人狩りも横行している――幾ら俺の世界の女子供と違っているとはいえ、危ないだろう。

　そんな折、ふと見た路地の横道から、淡い光が溢れているのに気付く。
　それは何処か懐かしく、暖かい光。

　歩み行く時、ポケットから何かマスコットのようなものを落としたような気がしたが、ソレが何だったのかまでは分からなかった。


「…………」

　本能的にその光のある方へと、足は向かう。
　二人を捜さないと……そう思うも、段々と頭の中はミルクのような白いもやが掛かった。
　気が付いたら意識が薄らぎ……俺は……――。


…………


……


-





　――《あの出来事》から何ヶ月か経った冬休み。
　俺は新年早々、沢山の人が見守る中、箱根の山を走っていた。


　夏にあの珍妙な世界へと行ったが、戻ってきたのは何と、夏休み真っ只中だった。
　俺の感覚では、半年くらい経っていたかと思いきや、実際過ぎていたのは20日程であったという。

　とはいえ、バイト中に着ぐるみ着たまま、20日程行方不明になれば、ちょっとした騒ぎになるのは言うまでもなく。

　学校の方はともかく、バイトの方は危うくクビになりそうだったり、実家の方に連絡が行きそうになったが、そこは俺の悪友（？）哲史のアリバイ工作によって、事なきを得た。
　――勿論、その後散々奴のいう事を聞かされたが。


　その“いう事”の中に、哲に協力してアリバイ作りを手伝ってくれた健一の“お願い”があり、俺は今こうして走っているのだ。

　高校時代、陸上選手として走っていたが、歴史に興味が出て、来ていた推薦を全て断って、自力でこの大学へと入った（本命は落ちたのは、ここだけの話だけど）。

　が、この学校、奇しくも駅伝常連校だった。
　陸上競技部の夏合宿前、秋の大会予選候補の欠員が出て、他に適任者が居ないか探していた所、アリバイを作りつつ、俺をそのまま本当に選手候補として出したという訳だ。
　お陰でバイトはクビにはならないが、練習に時間を費やし、バイトへ入る日数も大幅に減ったのだが。

　正直嵌められたとも思ったけど、走る事は嫌いではなかった。
　陸上自体、嫌で辞めた訳ではなく、歴史に興味が移っただけの話なのだから。



　ひょんな事からあの世界へと飛ばされた事で、多少人生にズレは起きたが、後悔はしていない。
　いや、俺の辞書に“後悔”なんて存在はしない。

『それに……“なりえるか”ではなく、“俺はなる”んだ！』

　息も上がる箱根の坂を走りながら、今はもう遠い、あの不思議な場所――メルンなんとかっていう世界で叫んだ言葉。
　セセリの連れであるグラキエルに、《英雄》――そう呼ばれる存在になり得るか？との問いに、激しく想いをぶつけた。

　最初は、東北の空を駆ける親父のようになりたいとも思ったし、戦隊ヒーローにもなりたいとも思った。
　それがいつの間にかハマった日本史の影響で、おもてなし武将隊に憧れ、今はどういう訳か大学駅伝で走る選手になって……。

　なかなか思い通りに行きそうで行かないけれど、日本史を勉強しつつ、俺はいつか、皆が自分の国にもっと興味と愛着を持つ切欠を持つ歴史系のご当地ヒーローになりたい！……そう思っていた。


「俺は、例え……この……苦しい坂のように……どんなに途中が、辛くても……ッ！！」

　歯を食いしばりながら、前に走る他校の選手を、視界に捕らえる。
　先程派手に転倒した折、追い抜いた選手だった。

　この先、坂だけでなく、転ぶ事も負ける事もあるかも知れない。
　けれど……みんなが繋いでくれたこのタスキ、ゴールに届けたい！

「こんな所で……諦めるもんかッ！！」

「おおーっと？！……七々原選手、先程の転倒はものともせず、追い上げてきました！
　この大会で、かつての輝きを取り戻せるのでしょうかーっ？！」


　輝きなんて、俺にはどうでもいい。
　泥だらけだって、構わない。そんなヒーローが居たっていいじゃないか！
　あの世界での経験があったから、今の俺はここに居るし、ただ今は、この距離を走りたい……。


　前を走る奴は確か、俺と学年同じだったけど、ブランクがあった俺とは違い、ずっと鍛えている奴のはずだ。
　そして……何処か雰囲気が、あのセセリに似ている奴だった。

　ああ、只一つだけ《あの世界》に未練があるのならば、セセリとの再戦が出来ないまま、こちらへ戻された事か。
　あの世界で唯一出来た友達でもありライバルは、セセリだったからな。
　あいつは、元気でやっているだろうか？

「――お前には、負けないからな？」

　口元に不敵な笑みを浮かべると、俺は追い上げるかの如く、その背中に向かって走った――――。








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【PL】
駆け足気味になりましたが、理人の物語と登場は、今回をもって終了いたします。
僅かではありますが、有難う御座いました。

元気よく挨拶し、頭を下げた。

気が付いたら、リヒトの持っていたマスコットが戦場に立っていた。