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建物の中に入ると外から見るよりもっと広く感じた。
装飾が所々にちりばめられていてとても美しかった。
此処にアウレリオ派直属の聖堂騎士団長がいる・・・。

だけど、人の気配が全くない。
留守なのだろうか？

小さな声が響き渡るが、返事はなかった。

不思議に思いつつも奥に進むとフード姿の人物が立っていた。
以前会ったあの白いフードの女性。

目を合わせると、スッと奥の方へ歩いて行ってしまった。
一定の距離まで離れるとこちらの様子を伺っている・・・着いてこいという事なのだろうか？

暫く後を追っているとフードの女性はある扉の中へと入って行った。
此処に入れ、という事だろう。

いや、罠だとしても何のために？

わからない。




そんなことを考えつつも扉を開けると執務室だろうか、沢山の書類やら書籍などがある部屋だった。
その部屋の中心にある机に一人の男が座っていて私の顔を見ると少し笑っていた。
言いたくはないが、とても薄気味悪いそんな笑顔。

鼻で笑い、皮肉を込めて私の名を様付けで呼んだ。

『そんなことか？』という顔でふっとあの薄気味悪い笑みを零している。
寒気がするくらいすごく嫌な感じ。

2人の間に沈黙が続く。
その沈黙を破るように否定した。

一瞬の出来事だった。
ゲイルはスッと立ち上がると一瞬で私までの距離を詰めてきた。
そして片手で私の両腕を掴み身動きできない状態で壁に押し当てた。

この男の言う通り、『マリア』は神父様が私にくれた名前で、本当の名前は『エリス・セーレ＝サタナエル』。
私は人間ではなく妖魔、それも妖魔の国のトップにあたる八公爵の一角だった。

妖魔の国にはそれぞれ大きく分けて8つの領地に分割される。
その8つの領地をそれぞれ統括して貴族がいた。
アスモデウス、レヴィアタン、ベルゼビュート・・・その中の一つサタナエル。

でも数年前、私はマハンの里を滅ぼし、その恐怖から妖魔の国を脱走した。
そして辿り着いたのが、あの孤児院。

その後は身を潜め、ずっと隠れていたのだ。

私やノエミが孤児院に入ったことで、今までの援助だけではとても苦しい状態だったらしい。
それでも何とか神父様は切り盛りしていったが、やはり辛くなり、あの日教団に交渉しに行ったのだ。

その時の事だ。

徐々に押さえつける力が強くなり、女の私では決して振りほどけないほどの力になっていた。
どにか、どうにか逃げないと、妖魔の力を使えば振り払える・・・っとそう思ったが。

辺りを見回すと、部屋の隅々に結晶が置かれていた。

対妖魔結界。
マハンの里に伝わる技術で、一定範囲内の妖魔は力を使う事が出来なくなる。
ヘリヤのピアスも元々はこの技術を応用したものだ。

言うならば例えサタナエル、八公爵の一人であってもこの中ではただの女になったという事だ。

掴まれている腕の痛みや悔しさに顔を歪ませる。

この顔・・・あの時の記憶を思い出す。
ああ、そうだ、あの時もこうやって逃げたんだ。


ふっと俯いていた顔を上げ、ゲイルの目をまっすぐに見つめた。

あの時、お父様がなくなった後の話。
私がサタナエルとして襲名され、その後すぐにマハンの里を見つけ皆殺しにする計画になったのだ。
そこに抜擢されたのが私だった。

八公爵にはそれぞれ代々伝わる魔剣が存在し、サタナエルにももちろんあった。
それがアステマ・ファム。
ただこれは他の魔剣とは逸脱していた。

大量殺戮兵器。

文字通りすべてを焼き尽くすほどの力を持った魔剣・・・いや、魔銃だった。


もちろん私は拒否した。何も殺すことはないと・・・。
憎しみ合わず争いのない世界を作るというお父様の意思でもあったから。


でも若かった私は上に逆らうことなどできるはずがなかった。
そして、同じように、力で、恐怖で、アステマ・ファムを使うように縛りつけられたのだ。

突如のゲイルは胸倉を掴み引き裂くように服を破いた。
露わとなった胸部をゲイルは強く掴む。

辱めるような言葉を向けて放つが、私の視線は、ゲイルの瞳を一点に見つめるように向けた。
その目が気に食わないのか、振り払うようにマリアを床に投げ捨てた。

普通の人ならこれほどの辱めを受けたら心が折れるであろう。
しかしマリアは小声で呟くように・・・。

自分を罰し、犯される相手に対してすら慈悲を与えている。
その姿を見たゲイルの顔つきが変わった。とても冷たい視線を私に向けている。

ついに苛立ち、殺意を向けマリアに剣を振り下ろした。

反応があればよし、取り込み中ならば切り餅がそれなりに入れられた袋をそっと孤児院の前に置いてゆく。もちろん袋にはでかでかとキーン商会の名前入り。盗むのも恥ずかしいだろう。

その心情は溜息となって漏れた。

色々なものに憧れる年頃なのかもしれない。

呟くように言うと、シオンは今まで以上に元気がなくなってしまった。
どことなく、身体からも力が抜けているように見える。