この結末は必然だったとしても
私はあなたの道を寿ぎましょう

――――――――――――――

アムルイの問いに、私は微笑を返す。

「……あなたはいつも正解を導きだしますね〜、アムルイ」

そう、正解。
重要なのは王ではない。
王となり、戦乱を終わらせる「英雄」こそが肝心。

「新王がパラダイスを倒し、英雄となる。
民は新王を自身の写し身と錯覚し、そして新王の行動こそが全ての民が望んだものだと思い込む」

悪い王様をやっつけ、ネクターを取り戻した。
再び平穏な生活が返ってくる。
新しい王様は、俺たちの望む王様だ。
あの人は、俺たちの望みを全て叶えてくれるだろう――

それは、幻想だ。
世に民の希望全てに応えられた王など存在しない。
だが、民はそう思い込む。新王こそが全ての民の希望。それに逆らうのは逆賊。
何故ならば、それが――

「これが英雄――私の構築しようとするシステム」

――それが英雄というシステムの、統治の仕方だから。
民を騙し、それが理想の統治だと錯覚させる。
本当は、全ての民を幸福にできるわけがない。だが、英雄ならば出来ると思い込ませる。
英雄に疑問を抱く者、反感を持つ者は、すべからく熱狂した民自身によって排除される。

「それは――犠牲の少ない、そういう意味で最善の道だよね」

アムルイの問いに、再び笑みを浮かべる事で答える。
犠牲は少ないが、確実に出るだろう。
ネクターの再分配の過程で、不満を持つ者は必ず出るのだから。
その者たちは、一刀の元に切り伏せる。
容赦はしない、慈悲もない。
英雄に逆らう者の末路を世に知らしめる為の材料になってもらうまでだ。

「だけど、そんなの長く続かない。誰も選んだわけじゃない。
誰かに全部背負わせて、選んだ気になっているだけだよ」

アムルイは否定する。英雄という錯覚を否定する。

「何よりもアイサ――犠牲が少ないだけのことを、幸せだって言えるの？」

あぁ、彼女は――幸せなのだろう。
山の民達の中で、貧しくとも苦しくとも、幸せに生きてきたのだろう。
そう――

幸せを掴み取れる環境の中で、生きてこれたのだろう。

「幸せなどというのは、主観的なものですよ、アムルイ」

だが、世の中には確かに居るのだ。
与えられた幸せでなければ、手を伸ばしても手に入れられない、弱い人々が。

「誰かにとっての幸せが、他の誰かにとっても幸せとは限りません」

共和制は、多くの人間が同じように苦しみ、そして答えを出す政体だ。
たとえそれが多くの人々を幸せにしなくとも、
たとえそれが少ない人々の幸せにしかならなくても、
それでも、皆で話し合い、決めた事が最終的な幸せに繋がるという。

――本当に、それが正しいのか？

「ならば私は――多数が幸せになれる道を選びましょう。
皆が揃って不幸になるよりも、少数を犠牲にして多数を幸福にする――」

たとえそれが幻想でも、
たとえそれが錯覚でも、
幸福に生きる事。人間がその小さな生の中で、一番望む事。
それを多数に与えられるのならば、そうすべきではないか。

「そしてその咎は一人の英雄のみが背負う。
大多数は幸福だと錯覚できますよね〜？」

英雄には幸福はない。
何故ならば、それは与えるもので己のものではないから。
英雄には罪と咎が付きまとう。
何故ならば、少数にでも不幸と犠牲を強いるから。
無数の栄光と共に、その罪と咎を背負う――

時代に捧げられた、生贄。

「……それは貴女の主観だよね、アイサ」

その静かな声には、若干だが怒りが含まれていたのかもしれない。

「私は私の主観として、それが幸せだとは思わない。認めない」

その姿はあまりにも純粋で、眩しかった。
私は確信する。
あぁ、そうだ、アムルイも――

「犠牲の上に成り立つのが、この世だとしても、
犠牲になるのは、都合のいい英雄なんかじゃダメだ」

人は動物を喰らわなければ生きていけない。
その犠牲は、人間が背負うべき罪――業。
だが、業は人間が選ぶ。自分が罪を背負う事を決める。
誰か都合の良い英雄が、その業すら背負ってくれる――
それは、生きる事ではない。そういう事だろう。

「皆が幸せと、それを選ぶ痛みを知らなきゃ、繰り返すだけだよ」

現に、人間は繰り返してきた。
同じ過ちを、ずっと。

彼女に、私はいつも通りの微笑を返せていただろうか？

「……すごく現実的で、もっともらしいけど」

その強い視線を、私は受け止めきれただろうか？

「アイサ。英雄に焦がれる貴女は、誰よりも夢想家だよ」

道は、別れた。
現実の痛みを受け入れ、理想を目指す彼女と、
理想の痛みを忘れ、現実を積み上げようとする私と。

「――なるほど。ではアムルイ、私たちの道は別れるでしょう」

こぼれた水は、元には戻らない。

「あなたは人間が、人間の意思で道を決める事を選んだ。
人よりも天に近い存在――英雄の存在を拒んだ」

そう、私が共和制をどうしても認められない理由。
それがどんなに正しく、人間の進化のあるべき姿だとしても――

「人が人の意思で全てを決める世に、占星術師は不要」

人間が自分たちの意思でのみ物事を決めるならば、
天から独立すると言うのならば







「――あなたは私に、私たちに滅びをもたらす者へとなった」

それが占星術師の末路だとしても。
時代の流れの結末だとしても。

「――全力でお相手しましょう、アムルイ。
私は、座して滅びを待ちはしない」

占星術師は運命を告げる。だが、その運命に唯々諾々と従えとは言わない。
道は、切り開くもの。
人間の手で、運命を乗り越える。
人が本来知り得ないはずの運命を告げるのは、その為だ。
その占星術師が、運命に屈してどうするのだ。

「人は人の力で歩いて行ける。自分の道を、選ぶぐらいはできる。
ちっぽけで、天から見ればゴミのようでも、負けない輝きがある」

アムルイは立ち上がり、扉へと向かう。

「だから、道標はいらない。
どんな痛みを伴っても、その痛みと共に歩いて行くよ」

痛みを受け入れたアムルイと、
痛みを拒絶した私。

人として正しいのは彼女で、
どんなに理屈をこねても彼女の方が正しくて。

でも、負けられない。
負けたら、全て終わりだから。

「アイサ――私は行くよ、この道の先へ。
その先に貴女がいるなら。私も、貴女を乗り越えて行く」




静かになった部屋で、私は一人呟いた

「……たとえ貴女が私を殺そうとも、私の存在意義を奪おうとも」

でも、最後に、一つだけ。

「私は、占星術師として――あなたの友として」

この出会いを、後悔したりはしない。

「あなたが自分の道を選んだ事を祝福しますよ、アムルイ」