（17日目日記の続き？）

「心がどう足掻こうと、身体は正直じゃ。食いてえ、ヤリてえ、眠りてえ、その為に生きていてえ」

「肉体は、ただの魂の入れ物やないんよ。その在り様はむしろ対極――心は死を想い、身体は生を求める」

　1736回の殺害の後、行き場所の無い俺は彼らと暮らすことになった。とりあえずは、彼らの息子という体で。

「人ば殺し得るのは感情じゃ。理性は磨り減り、いずれぶち折れる」

「人を殺し得るのは理性や。感情を力にするのは、ある種の才能が要る」

　彼ら――父と母は、よく似ているところもあれば全く異なる部分もあった。それでも根底は、どこかでつながっているように見えた。

「――オイ達もぎょうさん殺した。後ん歴史じゃ『曙光戦争』なぞと呼ばれとるようじゃが」

「うちらは夜明けを待たずして堕ちた星々、そのうち一つ」

　二人はかつて、相当に位の高い地位についていたらしい。話の内容から推測するに軍、あるいは国のトップといったところだろう。

「義を通すには力が必要じゃ。たとえ今は道が見えんでも、力はあればあるだけええ」

「溺れるほどの力なんて、教えられる程度の物の中ではそうそうあらへんからね。うちらがこれから教える『マ拳』――マナブースト拳闘術も、魔的な力でいうなら初歩の初歩や」

　俺は彼らから、相手を殺さずに倒す術を教わった。自然の力を利用し、流れに逆らわずほんの少しだけ指向性を持たせてやる。相手を殺さず、しかしその動きはしっかりと掌握する。それもまた一種の強さだ――そう二人は言った。

「こん村は、きさんのような道を失った者共が多く居る。道を見つけられぬままここに留まり続ける者、己に見切りをつけ命を絶つ者、何も考えずただ殺し合う者、新たに道を見つけ歩みを再開する者」

「うちらも黒鉄も、また他の人もある種の罪人ではあるけれど、それでも『否定の世界』アンジニティには送られずにここへ来た。なら、きっとうちらにはまだ可能性がある。進むべき道も。そう思うんよ」

　彼らはここ以外の並行世界についてもそれなりに明るいようだった。マナという自然の力に囚われた者達が住まう島、異常な生物の発達・進化により危機に陥った世界、自分の世界から放逐された罪人達が送られる監獄、天使と死神が魂を鎮める地、少女達が英雄を待ち続ける常闇。

「なあ、黒鉄。きさんはこれから、何がしたい」

「後悔するのは構わへん。過ちを繰り返すのも。最後に笑えるなら、それでええ」

　後悔はある。過ちは数えきれない。それでも、自らの生き方は――変えられない。

「分かっとる。あれだけ殺して、殺されて、それでもきさんは」

「死に急ぐんやね。でも、それは許さへんよ。私達は、あんたの親なんやからね」

　それでも、俺には命を懸けて挑まねばならぬ時がある。たとえ傍から見れば下らぬ理由だろうとも、そこで退くようなら俺じゃない。

「まあ、そうじゃなあ。男には、そういう時が必ず来る」

「……せやね。女にだって、譲れぬ一線はある」

　そうして、俺は。

「黒鉄……あの人のこと、よろしゅうね」

　様々な因果に導かれ。

「ようやっと会えたのう、黒鉄。元気にしちょったか？」

　やがて、一つの答えへと続く道を。

「強制型エンブリオ――聞いたことはあんだろう？　あんたらの村が祀ってる邪神様も、そうなんじゃねえのか」

　辿る。

「――『すず』ッ！！」





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　さて。

　ここから先は、私の物語。

「契約を果たす。今からいうことを、よく聞いておけ」

　がらんどうな私の心と身体の。

「私は、君の記憶を奪った。……そちらの質問は受け付けない。私はただ、契約に則り必要な事だけを伝える」

　その器が満たされるまで。

「何故記憶を奪ったか。それは、『それを君自身が望んだから』だ」

　私の『兄』に出会うまでの、物語。

「記憶が奪われる前、君はこう呼ばれていた。――『嘘吐症候群（ライアーシンドローム）』と」