冒険の書　2日目

「手加減なんて生意気なことすんなよ？ 」

指でこちらを招くような挑発的仕草を見せてラルフが笑う。
声もなく、”エンブリオ”であるシェイドから力の使い方のイメージが伝わってくる。
脳裏に浮かんだ２つのスキルは、どうも直接打撃と絡められるような技じゃないみたいで、どちらかと言えば苦手な部類に入るスキルだ。

「だからって、使ってみないことには、ね」

剣を構えてラルフと向かい合う。
手加減なんてとんでもない。腕試しは望むところなんだ。
誰よりも俺が、今の力を試したいのだから。



あくまで手合せということなのだろう。手加減するなと言い放ったラルフ自身が本気でやっていないようだった。
若干不満を覚えるけれど、ルリと言い合いながら慌ただしく去って行った様子を見れば、その多忙さは透けて見える。
あまり無茶も言えないよね。
ともあれ、王様を退治しろということらしいけれど、まずは”エンブリオ”の契約と育成強化がこの世界で力をつけるための近道であり基本らしい。
この僅かな時間でさえどうしたことかシェイドの力は増していたから、召喚された時点で一定量の成長するための糧を得ているのだろうと思われる。
”エンブリオ”には契約出来るモノと出来ないモノが居て、各地に様々なモノが散っているらしい。と、魔王からは聞いていた。
そうとなればまずは"エンブリオ"を探し求めるのが常道というものだろう。


さて、どこに行くか。情報がないだけに判断基準に困るところだ。
ぼんやり考えながら王城を後にする。
そのまま露店通りを歩いてると、目の前にヒッチハイクでもするように親指を立ててウィンクをしてくる人影が１つ。

「You！　妾と共に山岳でちわわと握手しないナリか？」

セミロングの亜麻色の髪がゆるやかに風に流れている。
男女のどちらともに見える中性的な容貌で、爛々と輝く漆黒の瞳はうつろうことなくまっすぐにこちらに向けられていた。
それらの所作は優雅とも言える程に洗練されたものだ。
ただ、どこかそこはかとなく…イラっとする。
多分無意識だと思われる、あのドヤ顔のせいに違いない。

「苦しゅうないナリ。さぁ、妾に力を貸すナリよ」

親指を立てた手ををこちらに向けて告げてくる。
求められたら応えるのが家訓であり、勇者たる自分なわけで。

ふふん、と返答すらしてないにも関わらず、何故だか満足げに胸元で腕を組んで何度となく頷いているのを見るとなんだろう……何とも言えない気分になってくる。
いちいちその仕草が様になっているのも釈然としないものがあるのだけど。

「まぁ……今は予定ないからいいけどさ」

よくわからないけれど、口振りからして『ちわわ』は”エンブリオ”なのだろう。
奇妙な口調は素なのか、翻訳が上手く働いてないのかいまいちわからないけれど、意思疎通に支障はないから意識の外に放り出す。
なにせかつては無機物が平然と喋ったり武具道具を製作したりする世界に居たのだから。少々語尾がどうだろうと言動がどうだろうと、こちらに牙を剥いてこないのなら大した問題じゃない。

「俺はユーシャっていうんだ。短い間だけど、よろしくね」

この世界に来て初めての旅の連れに挨拶を返す。
彼（彼女？）はノックスと名乗った。



翌日。
城の裏手を覆うように聳え立つ大きな大きな山へとノックスと共に旅立つ。
多くの星が降り注ぐ山の頂を目指し、険しい山道を登る。

目的地は山頂というわけではないのだけど、当てもなくうろうろするくらいならと、ただ道なりに歩んだ結果、そういうルートに落ち着いた。

そして、それは唐突にやってきた。

「止めてくれえええぇぇぇえええええええッ！！！！」

絶叫。そして轟音と共に眼前へと巨大な質量が飛び込んでくる。
木々をなぎ倒して現れたソレは、勢いのままに激しく山道脇の土壁へとめり込んで動きを止めた。

一瞬の間。

ゆっくりと埋まった身体を戻して、ソレが改めてその進行方向の修正に入る。
巨大な石の輪。先ほどの絶叫は紛れもない、コレが発したものだという確信があった。
そしてそれは、はっきりとこちらへと向けられる敵意からも察することが出来る。

「くうぅぅん・・・？」

小さな鳴き声がその背後から届いてくる。
軽く抱き上げることの出来そうな子犬のような姿が見えた。

「ちわわも一緒とは好都合ナリよ」

ノックスの視線の先には子犬が居る。
なるほど、あれが目的であるちわわなのか。

野良の”エンブリオ”との契約には、まず力を示す必要があるらしい。
つまりは、降りかかる火の粉を払いつつ、一緒にあの子犬も打ち倒せばいい。そういうことなのだろう。
ノックスの実力はわからないけれど、あのときあの場所に居たことを考えればおそらく同時期に召喚されたことは推測できる。
そうとなれば、今の自分とそれほどの差がないものと思っていいはずだ。

「それじゃ、始めようか！」

並び立つ旅の連れと、眼前の倒すべき相手に意識を集中する。
始まったばかりの旅だ。一歩目で転ぶわけにはいかないね。


※主観であり、登場人物は実物と違う場合があります