緩やかな小川に沈む石ころが、穏やかな日の光に照らされて、ちかちかと星のように瞬く。
さながら夜空の星の如く静かで、賑やかな川の傍、黒丸は真白い、不気味な骸骨を淡く照らしていた。

光が悪い物か、石が悪いものか、小川の石とはまるで違って、照らせども照らせども星のようには輝かない。


蛍のように、頼りない光量ではあるが、今の黒丸は、頗る調子が良かった。

狂骨の農場での人斬り、十は斬ったか。あれが効いた。

まるで案山子の様に斬り殺された農民達が、狂骨へ向けた大量の怨み憎しみ、
それらが全て怨み滴る血肉となって黒丸の、丸い不定形の体に蓄積されたのだ。

黒い力が漲っている、今ならば王を打ち倒す事さえ容易い事だと思えてきた。
しかし、行動には移さない、それは抑えた。

今は、急激に増幅した力のせいで血気に逸っているだけなのだ、
城と人に囲われた王を倒すには未だ力不足だろう。

それに、相方が、狂骨の調子があまり良くなかった。
狂骨はとある呪術師に呪いを受けていた、己が仇と恨み募らせた"連中"と引き遭う呪いだ、
この呪いは黒丸と同じく、怨みや憎しみを食らって強くなり、同時に狂骨へ激痛を齎すのだ。

この激痛が厄介な代物で、農場ではあわや、という場面になりかけた。

痛みはまだ引かないらしく、目の前にいる彼は、岩場に腰を下ろして、呪いを受けた左目を押さえている。

厳つい顔で、眼球の無い空っぽの左目を押さえている様は、どことなく滑稽だった。

「まだ、痛むのかい？」

そう、案じの言葉を掛けたが、返事は赤く濁った目で睨まれただけだった。

彼は、この世に存在しうる中で最低最悪の部類の人間だろう、と黒丸は思っていた、
思いやりの欠片も無く、品性下劣で暴力的、加えて女子供を虐め殺す事に性的快感を覚える生粋の異常者である。

それでも尚彼に協力し、共に行動をしているのは、"彼が怨みを買う天才"だからだ。

一切の迷い無く人を傷つけ、煽り、罵倒し、最大の苦痛を与えて殺す。そう言う才能が狂骨にはあった、
そしてその才が結果として大きな怨みを生み、黒丸に力を齎すのだ。

王を打ち倒す力が欲しい黒丸にとって、狂骨は大きな存在であり、未だ切れない関係だった。
なればこそ、彼には早く動いてもらわなければならなかった、力を得る為、確実に王を倒す為。

「残念だな。この調子では、暫く人斬りは休業かな」

発破を掛けるために、嘲りを込めた言葉を投げかける、
案の定、狂骨は先より鋭い視線を黒丸へと向けた。

「また鳥籠に入れられてぇのなら　今すぐにでも斬ってきてやるよ」

「そうか、そうか。人斬り狂骨は自信をなくしてしまったか。」

「やけに絡むじゃあねぇか　馬鹿が　何を焦っていやがる」

狂骨は、気怠げに鼻を鳴らし、目線を反らした。

「まだ　動く時じゃあねぇ」

黒丸の言葉を、意外にも狂骨は受け流した、それは、黒丸に些かの影を落とした。

以前は、そうでなかった。
出会って当初の狂骨は、叩けば叩くほど反発して噛み付いてくる激しさがあった。今は、それがない。

確かに、今は派手に暴れまわる時ではない、農場で時を食っている内に情勢は大きく変わっていた、
一揆勢は以前と比べて強力な武器とエンブリオを手にし、王側はそれに対抗しうる実力者達を構えさせた、
それに加えて、こちらは長く行動を共にしたマリアと、農場脱出の際にはぐれていた、戦力の低下は免れない。

どちらに刀を向けても難しい状況、見に回るのは間違ったことではない。

ただそれを狂骨から言いだしたのが問題だった。

狂骨が血気に逸り突拍子も無い事をして、黒丸がそれを窘め、フォローする、
それが狂骨と言う人を活かす、望ましい関係である、と黒丸は思っていた。

まるで反対ではないか。

水辺の遠くの方を見る狂骨は、何か物足りなかった。

間違いなく、農場から逃げ出してきてから何かが変わった。


無様に逃げ出した事を、恥じて落ち込んでいるのか、それならば、まだ良い。

もっとも厄介なのは、狂骨がその身に受けた"呪い"を恐れる事、延いては、

人を殺すことを恐れる事だ。

「けっ」

鋭く息を吐き捨てて、狂骨は骨を軋ませ立ち上がった、
近くで、火薔薇の少女が黒い猫をじゃらしている、あれが目に触ったのだろう。

あの黒猫は、マリアの抜けた穴を埋めるように、いつの間にか一行について来ていた、エンブリオを操る不思議な猫だ。

獣の身ながらエンブリオを良く従えている。
黒丸は一目おいているが、狂骨は畜生風情が何するものぞ、と言った具合で侮り、嫌っているようだ。

あの猫の力は未だ見えてきていない、派手に動く前に掴んでおくべきだ、狂骨の動向と共に。

黒い光が、煤けた白い隙間だらけの背中を淡く照らした。

冷たい水音、ほの暗い空間に、黒い光と白い骨、
前に同じような光景を見た気がしたが、やはり何かが足りなかった。

「君が望み、私が用意した抜け道だ」

気づくと、その背に声を投げかけていた。

「やり直しはもう利かない、後戻りも、振り返る事すらできないぞ　狂骨」

狂骨は振り返らず、風も無いのに、かたかたと音を鳴らした。

黒丸は、その音を黙って聞き逃した。

薔薇の花が揺れ、熱と香りがそっと吹いた。

うひゃひゃ、と笑う狂骨を見つめる。

ギィン、ガキン、と振るわれる刀と鎌の柄をぶつけて直撃は防いで行くも腕力の差は歴然で

力負けし、鎌の柄ごと小柄な身体にぶつけられ。小さく後ろに跳ね飛ばされる

咄嗟にミカーラが張った障壁を壁にして尻餅をつくのを防ぎ

刀を迎え撃つように大鎌を振るい。柄の延長に伸びる槍部と鎌の背で刀を受け止めれば押し込まれる勢いのまま手を支点に鎌を更に振るい。

刀を後ろへと流すと同時、相手の肋骨と腰骨の間、腰椎目掛けメイスのような石突を横薙ぎに、叩きつける

突き付けられた刀を一瞥し、肩を竦める。

男は何の根拠も無さそうな調子で嘯いた。
誤魔化しているというよりは、その「霧」について然程気に留めていないという様子だった。