その日も、小川の畔は晴れ渡っていた。

凍てつく空気の中、私はとどめの弾丸を撃ちこむ。
いかに頑強な女神といえど、
3人がかりで攻められたのでは勝つ見込みはない。

今回は故あって道案内をしたのだが、案内する2人がえらい強かった。
未確認敵であったクラーケンが実は帝王イカの亜種だったという事もあり、
いささか過分な火力を叩き込んだ節はある。
奇跡の弾丸の生気を吸い取り尽くしたバルーン人形が、今も風に揺れていた。

「皆さん、お疲れ様でした！」

清潔そうな麻布を持って小僧が寄ってくる。
この汗拭きを2人にも渡しつつ、軽く戦後処理を始めることにした。
汗をかかないかもしれない方が居たのはこの際、気にしない事にする。

「我が君、そろそろエンブリオを元の世界に還しますから、
　左手は手袋はめてもいいですよ。」
「元の世界……確か、エンブリオの魂が集う世界か？」
「イメージとしてはそうですね。
　いつまでも繋いでおいても意味ないですし、エネルギー食うの勿体ないです。」

そう言って、小僧は外れの方に佇むエンブリオ達に向かう。
私も久しぶりに充実した戦闘だったので、
エンブリオのラインナップを再確認することにした。

今回は水辺での戦闘なので、火神やらをメインに召喚していた。
異色な所では、青碧と常磐緑のオーラをまとった少女が二人。
一人は顔の右半分、もう一人は顔の左半分を仮面で覆われており、
陰鬱な表情のまま機関銃を抱えた、セーラー服の女子高生である。

二人とも昔の私にそっくりだ、反吐がでるほど。

ただ、二人目の姿を意識したのは正直これが初めてだった。
ドールの方は最初からこの姿で召喚されたのだが、
もう一人は契約した時の形から最近急激に変化していったのだ。
すでに今は、ドールと酷似しているけれど。

木霊の守り手、ドライアドは既にその残滓を残してはいなかった。

◇◇

ドライアドが変化したのは、ここ最近の事である。

ある時、ゆっくりと続いていたアルラウネの変化が止まったのだ。
首から上と下半身だけアルラウネのままという、中途半端な姿だった。
丁度その頃から、ドライアドの姿が変わり始める。

緑の髪の美しい女性から、半分の仮面を纏う女子高生へ。
実戦投入を初めて数回になるが、召喚するごとにその姿が変わってゆく。
勿論、何故こうなっているのかは全く分からない。

「小僧、ドライアドが全くの別者に変化した理由は
　まだ解明されてはいないのだろうか？」

私よりはよっぽど詳しいであろう小僧に聞いてみる。

「分かりませんね、前にも言いましたが前例がない。
　現在の姿が何者であるか分かれば糸口が見つかるかもしれませんが、
　こんな格好のエンブリオなんて挿絵でも見たことないですし。」

『何者であるか』、この言葉に私の心臓はぴくりと跳ねた。
この姿が誰を象っているか、それは自分が一番よく知っていた。
それを小僧に伝えるべきかどうか。

別に話してやましい事があるわけでもないのだが、
あの頃の私は、年相応に青春を謳歌していた。つまり、黒歴史が非常に多い。
出来ればあまり触れる事なく通り過ぎたい所なのだが……。

「とりあえず、僕らの文化圏のエンブリオじゃありませんね。
　雰囲気とか我が君に少し似ていますけど、
　そちらの世界での何かなのではないんですか？」

普段馬鹿を晒すくせに、こういう時だけ察しのいい奴だ。
中途半端に勘がいいと却ってこちらが追いつめられるだけだが。

「そうだな……まま考えておくよ。
　それは置いておいて、
　アルラウネの変化がなくなった途端にドライアドが変わりはじめるというのも妙だ。
　何かしら理由があって変化するのだろうが、
　その理由がアルラウネからドライアドに移動したという事だろうか。」

少し話を変える。トリガー移動の理由も大事なことだ。

「多分そう、なんだと思います。
　さんざん言いますがエンブリオが召喚するごとに姿が変わるなんて話は
　これまで聞いた事なかったんですよ。
　何か特別な理由があるのは、間違いないのではないかと。」
「特別な理由、なぁ……。」

そもそもエンブリオの定義すら曖昧な私にとって、
変化の理由などなかなか考えづらい。
これもエンブリオ関係を丸投げしてきた私の責任かもしれないが。

このエンブリオの姿が何であるかすら分からない小僧に、
真相の究明は難しいように考えられるが、いかがしたものか。
とりあえず話を切りだす覚悟が出来るまで、自分で考察することにした。

◇◇

吐く息は相変わらず白い。
気が付くと2人は帰り支度を初めており、
それに気づかない程、私の思考には余裕がなかった。

小僧に麻布を返した後、収集物の整理を始める。
クラーケンにくっついていた蒼い若布が今回の収穫だ。
乾燥させる事もできないので、とりあえず袋に入れる。

まずは、何故これら2体が私の少女時代の姿を投影するのか。

エンブリオの魂と直接契約するのは小僧の役目だ、私じゃない。
なのにドールとドライアドは明らかに私の影響を受けている。
特定のエンブリオと私を繋ぐ何かがあるのか。

そういえば、『無貌の蒼頭』というエンブリオが
私と小僧の契約を仲介しているという話を聞いたことがある。
私を召喚した時に、姿を見たと小僧が言っていた。

この『無貌の蒼頭』、こちらが先に指定さえしておけば
人とエンブリオの作用経路を遮断して、相手の技を封じることができる。
詳しいメカニズムは不明だが、
人間とエンブリオの間を行き来する存在なのだろう。
もしかしたら、こいつが何かしら働きかけているのかもしれない。

次に、何故少女時代の姿がアルラウネからドライアドに移ったのか。

これはちょっと想像がつかない。結果だけが今ある感じだ。
私の影響を受けるエンブリオにも条件があり、
何らかの理由でアルラウネは条件を外れてしまった可能性がある。
中途半端に変化しているのを見るのは痛々しいが。

何かしらトリガーはあるように感じられるが、
まだまだ情報が足りないようなので、引き続き注視する必要があるだろう。

ここまで考えて、私は顔を上げる。
虚ろな表情でこちらを見つめているドライアドと目があった。
余所には表情豊かなエンブリオも多いが、
小僧が召喚するエンブリオは基本的に無表情だ。
これもエンブリオの質の違い、と小僧は話していた事を思い出す。

姿は本当に女子高生時代の私によく似ている。
何も言わず散弾銃を抱えて、鬱陶しい目で見つめるその姿は
昔の私をありのままに再現していると言っていい。

――人の心の傷を可視化しているという事か？

あの少女時代の選択は、今の生き方へも続いている。
悪意までとは言わないが、この姿には何かしら意図を感じずにはいられない。
心理の投影といった所だろうか。

「我が君、何やってるんですか？お二人とも帰っちゃいますよ？」

小僧の一言で我に返る。
最近考え事が多くていけない、ちゃんと物事には集中しなくては。

空がうっすら朱に染まり始めた。
本格的な夜の到来になる前に、私達は急いで引き上げることにする。
小僧に還されるその瞬間まで、ドライアドは私の事を見つめていた。


To Be Continued......