【17日目/腹話術師の少年】

天幕の中を、クマのぬいぐるみを連れた女の子と歩く。
団員以外の女の子と話すのは本当に久しぶりで、うまく喋れているか、少し不安だ。



前にもこんな風に、女の子を案内したような気がする。
あの子は確か、もう少し年下だったかな。
そう、確か、お父さんとはぐれた、って泣いてた、迷子だったっけ。
女の子を泣かせるわけにはいかないから、ドーリィと二人で必死で慰めて。
ようやく泣きやんだその子を連れて、開演前のサーカスの中をこっそり案内したんだ。
彼女は楽しそうに辺りを見回して、あれはなに、こっちのこれは？なんて。
最後の方はボク達が引っ張られるくらいの勢いだった。


そうこうしているうちに、兄さんが来て。
その後ろに、優しそうな男の人が立ってた。
その人を見た途端、女の子は走っていって、その人に抱きついた。
娘がご迷惑をおかけしたみたいで、とか、そんなことをその人は言ってた。
ボクは何て答えたか覚えてない。
何も言えなかったかもしれない。
ただ、その子が羨ましくて。何も。

でもその子は別れ際に、ボクの手を取って、言ってくれた。

「ありがとう、とっても楽しかった！」
「また遊んでね！絶対、また来るから！」

その手は柔らかくて、目はきらきらと輝いていて。
ボクは兄さんが親子を天幕の外まで送り出すのを、その後ろ姿を見つめていた。






―それから、ボクはその子が来るのを待っていたけれど。
彼女は二度と姿を見せなかった。
きっと忘れてしまったんだ。それはしかたないことだ。
だってボク達はただのサーカスだから。
あちこちの町を渡り歩くボク達のことなんて、きっと誰も覚えていない。


金髪がとてもきれいだった、あの子の名前を、ボクは思い出せない。
あの子の手の柔らかさも、弾んだ声も覚えているのに、名前が、どうしても。
思い出せない。





母さんがいなくなって。
父さんもいなくなった。
あの子も、来なかった。
兄さんもイゾルダも他の皆も、いつかボクの前からいなくなってしまうのかな。
ボクはいつか、一人になってしまうのかな。


ねえドーリィ。
ずっと皆で笑っていられたらいいのにって、そう思うボクは。
置いて行かれるのが怖いって、一人になるのが怖いって、そう思ってしまうボクは。
やっぱり弱虫なんだろうか。


*******


ウサギは答えない。
ウサギは何も答えない。
何故なら、ウサギはただの―

少女の視界の隅で　わざとらしく刀をちらつかせながら　頭に置いた手をそっと引いた

ウサギと顔を見合わせる少年を見て、クスリと笑いながら。

長耳を揺らしながら、あっちにひょこり。こっちにひょこり。好奇心旺盛に。

ウキウキした様子で、クマのぬいぐるみを肩車しながらはしゃいでいる。