ホイホイの葉も淡い黄から、綺麗な赤に移り変わり、少しずつ枝から零れ落ち始めた。
私がここに来てから何度目の冬だろう。もう、昔の名前のことなど忘れてしまった。
そう、忘れてしまったのだ。

今年もクリスマスがくる。

私が年長組になってからは、イヴのイベント準備にバタバタと追われるようになり
この季節になってもいちいち憂鬱なことをあまり思い出さなくて済むようになった。
小さくても暖かくて幸せだった食卓。もう、私のところには二度とやってこないサンタクロース。

去年まではこういう仕事は一人で夜なべしてやっていたものだったが、
今年はどうも深夜の作業は捗らなかった。気が付いたら寝てしまっているみたいなのだ。

しかもそういう寝方をしてしまった次の日は、妙に疲れを引きずってしまっていて頭が痛い。

歳なのかしら、と言ったらマリアに笑われてしまった。




ダイニングの机を使おうと、下に降りたらリーズルとヘリヤがいた。

何かと思えばヘリヤがリーズルに笑わされていた。

ヘリヤは時々、よくわからないことで突然笑い転げたり大喜びすることがある。
今のイナイイナイバァもそうだが、まるで私達が持っていない別のチャンネルでも持っているかのように。

妖魔ってそういうものなのかしら？とも思うけど、こんな間の抜けた性質が妖魔特有のものとはあんまり思えない。

こんな話をしてたら唐突にクルトが現れた。
どうやら男子部のほうの準備はさっさと終わってしまったらしい。

登場して３秒たたないうちにクルトはリーズルとヘリヤにボコボコにされる。
時々変な音が聞こえてくるが私は止めない。

クルトは地に伏しながら息も絶え絶えに返事する。
孤児院で馬車を動かせるのはリヴァランとフリードリヒとクルトの三人しかいない。

ヘリヤは乗馬は出来るが馬車はよくわからないらしい。

ちなみにうちの馬車馬は町の人が共同出資で餌代を工面してくれている。
イブリスホームは普段から町のイベント関係に協力することが多いので、
馬車を持っていてくれたほうが町としても色々助かるのだそうだ。

おかげで私たちは私たちでこの馬車に色々と助けられている。




シヤンハイルの町には古物商が集まった通りがある。
アンティークを扱った店もあるが、たいていは生活雑貨や家具などの中古品のお店だ。

ヘリヤがいちいち高価なアンティーク商品に引っかかるが、私は無理やり引っ張って先を急ぐ。

やはり今年は古着も軒並み高騰していた。
例年より少し寒くなりそうなことも影響してるのだろう。
私たちの雀の涙ほどの予算では、人数分の布地を集めるのはとても無理そうだった。

そもそも、私たち孤児が一度きりしか使わない衣装なんかを用意すること自体が不相応な贅沢なのかもしれない。

ヘリヤが突然素っ頓狂な声をあげる。
見ると、棚の奥に薄らと誇りかぶった高価なカーテンがあった。

そうと決まったら急いで教会に帰る。
取り急ぎマリアに許可をとって、古カーテンでの衣装作りに取り掛かった。

洒落もののヘリヤにはお手製の衣装は若干辛いらしい。まぁ、わかる。

私もここに来て初めての時は、そんなハンドメイドの服を全員で着せられるのがイヤでしょうがなかった。
いつの頃からだろう、皆で同じものを着て舞台に立つことが楽しいって感じるようになったのは。

リーズルが言いたいことを先に言ってくれた。

クルトは逆に言わなくてもいいことを言う。

あ、とうとうヘリヤの知らない名前が出てきてしまった。

さっきからちょっと気にはしてたが、横をみるとヘリヤはやはり少ししょげた顔をしてた。
まだまだ新入りの彼女には、こういうあまり遡った思い出話にはついてこれないのだ。

だけど、なまじ賢いこの子はこういう時は決まって取り繕った笑顔で。

・・・とか、こう言う。

だけどこういう時の彼女の笑顔は決まって若干の翳りがあることも私は知っている。
多分、自分でも気づいてないのだ。心の中にある僅かな曇りに。
ヘリヤは気付かず知らずのままに、自分の中で溜め込んでしまうタイプなのだと私は思う。

そして、自分の心が揺れてることを周りに知られることを極端に恐れる。
だからこそ取り繕った分周りからは常にニコニコしている能天気で楽天的なタイプだと思わせてしまう。

自らガスを抜くことも出来ず、周りにガスが溜まってることも気付かせないタイプだ。
多分、ヘリヤのこういうとこはマリアですら気づいてないんじゃないかと思う。

言いたい放題言って周りに当たり散らす私とは正反対のタイプだ。
もっとも私は、大抵無関係の人に当たるけど。

こういう時は私は決まってあることをヘリヤにすることに決めている。

ヘリヤと一緒に共有してる思い出だって、もう一杯あることを私は彼女に精一杯アピールするのだ。
そしてこれから、まだまだ増えていくということも。

そう言ってリーズルが伸びをする。確かに集中していたら結構な時間作業したみたいだ。

確かにお尻も痛かった。
そういうわけで四人で外に出る。そういえば最近教会に籠ってばっかりでゆっくり森を見ることなかったな。
教会から街道に出る一番大きな道では色鮮やかに変わったホイホイの木の葉がまるで桜吹雪のように
ハラハラと見事に舞っていた。

また出た。ヘリヤの例のアレだ。
彼女は嬉しそうに笑って手を広げながら舞い散る落ち葉を浴びるようにクルクル回りながら歩いていく。

私はハッと思い出す。
もう何年前のことだろうか。グレーテルが歩けるようになって初めての秋。
ちょうどこんな景色の中、初めて見た舞い散る落ち葉の中を彼女はニコニコと笑いながら歩いてたことを。

ずっと感じていたヘリヤが持っている『私達とは違う別のチャンネル』。
それは、赤子の持つそれと同じものなのではないかとこの時私は初めて気付いた。









ヘリヤには何かある。

妖魔だから、とかではなく、もっとまったく別の何かの・・・
環境がどうこう、とかではなく、何か根本的に私達とはまったく違った生い立ちが。

夕食後、私は一人で森の中を歩きながら考え事をしていた。
ヘリヤには黙って出てきた。彼女は夜に私が一人で出歩こうとすると決まってついてきてしまうからだ。
心配をしてくれてるのだろうけど、私にだって一人になりたい時くらいある。

とはいえ、もう大分肌寒い。
それに、何か少しずつ眠くなってきてる気がする。
あまり長居はせずに外の空気を吸ったらすぐに戻ろうと考えていたところ、
木陰から足音が聞こえてきた。

振り向くと大柄な戦士がそこに立っていた。
もうすっかり暗いのと、全身鎧姿なのでハッキリとは見えにくかったが・・・人間ではなかった。

その異形の戦士は、その外見とは裏腹に、落ち着いた優しい声で私に話しかけてきた。

くすくすと笑って明るく言い。

改めて少女の姿を見つめる。

呆れ顔で言って笑い。

上から下までヘリヤの全身を眺めた後に笑顔を作った。

サニーは笑顔を見せる。